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選択
利光side
テレビのアニメが終わると、あゆむはアンジェリーさんのいるキッチンにむかってしまった。
ボソボソなにか話していたから電話中じゃなかったのかと心配になる。
「ほら、もう少しでできるよー。
あゆちゃんが作ってくれたハンバーグが一番美味しそうだねぇ」
「あゆも焼くのしたい」
「だめー。かわいいあゆちゃんが火傷しちゃったら悲しいなぁ」
「ふふ!あゆかわいい?」
「当たり前じゃん。世界一かわいいよー」
楽しそうにクスクス笑う声が聞こえてきてほっとする反面、少し悲しくなる。
俺じゃ、あゆむを笑わせてあげられない。
「もう出来るから、あゆむちゃんはお皿運んでもらっていい?」
「うん!」
ついお酒に手を伸ばしてひとくち口にしてしまう。
スッと心が軽くなるようだった。
"あなたとはもうやっていけない"
そういった数日後、妻はモールにあゆむを置き去りにして出ていった。
"あなただけで大丈夫?"
"娘を男の人が一人で育てるの?できるの?"
"あゆむちゃんがかわいそうよ"
俺じゃダメだと言われてるようで苦しかった。
お父さんになにか変なことされてないかとあゆむがこっそり周りから聞かれてるのも知っていた。
どうして赤の他人が俺の娘への愛情を疑うようなことをしてくるんだろう。
酒に手を出したらなにも手につかなくなった。
俺にはあゆむだけだけど、あゆむには俺じゃだめなんだ。
あゆむが悲しがってるのはわかってるのに酒がやめられなかった。
ごめんなあゆむ。だめな父さんでごめん。
今朝、ついに耐えきれなくていっそあゆむを殺して死のうかと考えた。
すぐにハッとする。
そんなことを一瞬でも考えた自分が恐ろしくて、ずっと躊躇っていたあゆむを施設に預けることを決めた。
あゆむに伝えてみても、よく意味がわかってなく、それでも幼いながらに離れることは伝わったのか泣きながら家を出ていってしまった。
外に出るのが怖くてまたお酒を飲む。
起きたら、綺麗な中性的な少年をつれて戻っていた。
__________
「パパさん、ご飯できましたよー」
顔をあげるとあゆむとアンジェリーさんがニコニコ笑顔でご飯を運んできてくれた。
「………アンジェリーさん、すみません、何から何まで……」
「なんで謝るんですかー?
あゆちゃんとご飯作ったりして楽しかったですよー。
この一番大きいのがあゆちゃんが作ってくれたパパさん用なので残さず食べてくださいね」
人当たりのいい笑顔でニコニコ言われ、こくんと頷く。
少し不格好な形なのに、綺麗な焼け目がつけられていて美味しそうな匂いがする。
ハンバーグには目玉焼きものっていて、横にはタコの形をしたウィンナーやサラダもついていてコンソメスープも美味しそうだ。
三人でならんでいただきますと言うと、ルリくんがクスクス笑う。
「あゆちゃんまだ7才なのにお行儀よくてえらいなーって思ってたんですけど、パパさんの教育の賜物ですね。
パパさんとあゆちゃん仕草がそっくりー」
いただきますと手を合わせなさい。
お椀はきちんともって食べなさい。
渡し箸はしないようにしなさい。
あゆがどこにいっても恥ずかしくないようこれだけは口を酸っぱくして言い続けていたことだ。
まるで父親としての俺を認めてもらえたようで胸が熱くなる。
「んー!おいしー!!」
「本当だ。美味しいねー。あゆちゃんお料理上手だねぇ」
ほとんどアンジェリーさんが作っただろうにあゆむにあわせてニコニコ笑う。
ひとくち食べると久しぶりの温かい作りたての食事はビックリするほど美味しくぱくぱくと箸が進んだ。
ずっと荒れていた室内はきれいに片付けられ、温かくて美味しい食事を食べて、あゆむが笑う。
これほど贅沢な幸せはない。
なんで、若いこの子に出来て、俺にはできないんだろう。
この子があゆむの親だったならきっとあゆむはずっと幸せでいれたのに。
明日、施設にあゆむを預けよう。
そして、俺はその先どうしていいのかわからない。
「お父さん、あゆが作ったハンバーグ美味しい?」
無邪気な娘の笑顔に泣きそうになりながら美味しいよって辛うじて笑う。
すぐにあゆむは嬉しそうに笑ってアンジェリーさんを見上げた。
「お父さんおいしいってー!」
「うん、あゆちゃんは優しいお父さんがいて幸せものだねぇ」
そんなことない。
どうしようもないやつなんだ、俺なんて。
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