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選択

食事が終わると、アンジェリーさんは食器まで洗ってくれた。 あゆむに教えながら洗う姿に、まだ仲が良かった頃の妻の背中を重ねてしまった。 「僕はそろそろお暇しますね。遅くまで失礼しました」 帰ろうとするアンジェリーさんに、あゆむが帰らないで泊まっていって手を握って止める。 「ごめんねー。今度また遊ぼうね」 あゆむを抱き上げてアンジェリーさんは困ったように笑った。 泊まるのが嫌と言うよりは、俺に気を使ってたり、常識的に、といった様子だった。 「………アンジェリーさん、ご迷惑じゃなかったら泊まってください。あゆむが喜びます………」 俺なんかといるよりずっと楽しそうだ。 そう目を伏せると、アンジェリーさんが悲しそうに笑う。 「では今度ぜひお邪魔させてください」 「アンジェリーさんは……お一人暮らしなんですか…?」 「………ええ、まぁ………」 それなら、ここで一緒に住んでくれたらいいのに。 正直、キッチンでアンジェリーさんが電話していた声が少し聞こえていた。 これから住むところを探すならいっそここに住んでくれたらいい。 そしたら、俺はあゆむを手放さなくて済む。 なにもしてあげられない弱い父親だけど、娘といたい。 この人がいてくれたら、あゆむはずっと笑ってられるだろう。 「それなら、ここに住みませんか?」 「えっ?」 ビックリしたように目を丸くして顔をあげるアンジェリーさんにすがるように声を出す。 「…………このままじゃ、あゆむをいつか傷付けてしまいそうで怖い………。 あゆむのためにも、一緒に住んでくれませんか?」 馬鹿げたお願いをしてることはわかってる。 綺麗な部屋で温かい手料理とあゆむの笑い声。 それがあれは、やり直せる気がした。 この人も、住むところに困ってるなら利用してくれて構わないから、今はその優しさにつけ込ませてほしい。 「いや、あの……」 「………お願いします。本当に苦しいんです」 何のはなし?と言ったようにあゆむが不安そうに俺たち二人を見上げる。 アンジェリーさんは困ったように笑ってあゆむの頭を撫でた。 「その……ゆっくり考えさせてください。 今は突然のことで」 「………はい。すみません。 あの、お泊まりだけでもいいんでいつでも来てください」 「ありがとうございます」 連絡先を交換して、アンジェリーさんカバンやコートを持って立ち上がった。 「じゃあ、また来るねあゆむちゃん。お邪魔しました」 前半は頭を撫でながらあゆむに、後半は俺にむかってそういうとぺこっと会釈して出ていった。 泣いて足にしがみつくあゆむに何度も何度もごめんねと悲しそうに笑って、まるで我が子のように大切そうにあゆむを抱きしめた。 それからまたすぐ会いに来ると指切りをして、やっと頷いたあゆむの頭を撫でると出て行ってしまった。 本当に一緒に暮らせたらいいのに。 これで、アンジェリーさんに断られたら、あゆむは施設だ。 そして俺は。 ふっと自嘲的な笑いがこぼれ、あゆむと部屋に戻ると、またお酒に手を伸ばした。

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