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選択

千side 「っ、はい」 名前を呼ぶとビクッと脅えたようにリチェールが顔をあげた。 そりゃそうだろう。 震える小さな体を無情に抱いてそのまま離れたのだから、他の奴らと変わらないことをしてしまった。 もうリチェールは離れる気でいるらしいし、いつもなら怯えながらも側に寄ってくるあいつが置いたこの距離がそれを示しているようだった。 「あゆむに会いに来てたんだろ。大丈夫だったのか?」 俺が話しかけた内容に、どこかホッとした表情を見せる。 「うん。やっぱり大変みたいだけど元気そうだったよ」 そうじゃなくて、お前が大丈夫だったか聞いてるんだけど。 相変わらずこういうところは少しずれてる。 まぁ、あゆむのところに向かったとわかってからは、もちろん心配はするけど今までほどじゃなかった。 それよりも、さっきのあの男の方がよっぽど感情を掻き乱される。 叫んでいたセリフに、リチェールに触れたのだと言うことがダイレクトに伝わり思わず殴ってしまった。 まぁ、あの怯えた様子を見るともう近付いてくることはないだろう。 「千………さん」 リチェールに久しぶりに千さんと呼ばれ、顔をあげる。 「……あのね、オレ、あゆむちゃんのパパさんに一緒に暮らさないかって言われててね。 あゆむちゃんことも心配だし、引っ越しももう明後日だしそうしようかなっておもってて」 焦ったように早口でいうリチェールの言葉に眉を潜める。 どんどん俺から離れていく話を進めていくリチェールに苛立ちと焦りが募りつい立ち上がって距離をつめた。 そしてまた脅えたようにビクッと体をこわばらせたリチェールに、叩いてしまった時の表情が甦り、伸ばした手が触れる前に止まる。 「だから、その……オレのことは大丈夫だからね、千さん」 そっと目を開け、悲しそうに笑うリチェールはまっすぐオレを瞳に映した。 やんわりと、でもしっかり俺から離れていくとこを示す言葉に息を飲む。 別れる?俺が、こいつと? 「………それで?」 「え?」 不安そうに顔をあげるリチェールの後ろに手を付き、逃げられないよう距離をつめた。 「俺がお前を離してやるって思ってんの?」 動揺したようにエメラルドの瞳が大きく揺れた。 「だれがいつ、別れるっていった?」 こんな聞き方したら、リチェールは怯えて考える力をなくす。 わかってるのに逃がさないよう小さな体をソファとの間に囲んだ。 「……だって………」 「リチェールは俺と別れてぇのか?」 「そんなことない……っ」  逃げるように身を引いていたリチェールが初めて俺の服を掴む。  すぐにハッとした顔をして引こうとした手を掴み少し乱暴に抱き寄せた。 「お前のその逃げ癖なんとかしろ。本気で囲いたくなる」 「せ、千さ……っ」 「その呼び方もやめろ」 顔を近づけたら赤くなる、怒ると青くなる。 でもわがままは言わないし、常に自分の気持ちを二の次にする。 そんなリチェールを見てると愛されてると安心する反面、心配で仕方がない。 甘やかしたら危険の渦中に飛び込んでしまうし、キツく言うと怯えてなにも言わなくなるこいつは、本当に扱いに困る。 「俺言ったよな?困らせてもいいし、喧嘩もこの先あるだろうって。それでも側にいろって何回言わせるんだよ」 リチェールの瞳にどんどん涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうになる。 「オレ……裏切ったのに……?」 どうしてそう誤解を生む言い方をするんだ。 リチェールが他の男と関係を自分から持つはずがない。 そんなこと最初から疑ってなんかないけど、リチェールのこの罪の意識はどこから来るのか不思議なほどだった。 "親に頼れない状況下で幼少の頃から培ったものでしょ。早々なおらないと思うよ" 佐倉の言葉がよぎって、胸が詰まった。 親から散々酷いことをされて、やっとの思いで日本で逃げたのに、親が助けを乞えば後先考えずに駆けつけるような奴だった。 一方的な暴力にも、自分も言葉で傷付けたから同じだと涙を流して親に向き合う姿を思い出して、思わずため息を溢した。 傷付けられるたび、自分を責めて、どれだけ苦しかっただろう。 「合意の上のわけないって全部わかってる。自分ばかり責めるな。……怖かったな」 「……千は優しいしから………っ」 苦しそうに絞り出すような声で必死にリチェールが言葉を繋げた。 「たまにそれが……どうしようもなく苦しい……。 オレのこと好きで側にいてくれてるのか、優しいから側にいてくれてるのか、分からなくなる……」 だから、なんだよそれ。 そもそも優しいか? 「………俺も最初の頃リチェールの気持ちに向き合わなかったから、そこに時間がかかるのはもういい。離れようとするな」 「…………いいの?」 不安そうに俺を見上げる小さな頬を撫でると、ぴくっと一瞬瞳に恐怖の色が映る。 叩いてしまったことを今さら後悔していた。 「リチェール、愛してる。どうしようもなく大切なんだよ。そばにいろ」 リチェールが顔を赤くしてふにゃっと泣き笑いのような表情になる。 頬に添える俺の手を大切に両手で包み自ら擦り寄るように首をかしげた。 「はい……っ」   その可愛らしい顔を引き寄せ小さな唇にキスを落とした。

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