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選択

深く口付けをして離すと、リチェールがぽすんと胸ににもたれてくる。 ようやく俺もほっと息をついてソファの背に持たれ、華奢な背中を撫でた。 すぐに怯えて後ずさる臆病なやつだけど、一度捕まえたら体を委ねてくる。 そこがなんだか小動物のようで可愛い。 「千、ごめんね」 「次から気を付けてくれたらいい」 うん、うん、と繰り返す声は震えていて泣いてるのかと思う。 「昨日、話の途中で言い訳みたいだって話すのやめただろ。ちゃんと全部何があったか話せるか?」 リチェールが不安そうに黙り込む。 多分、嫌われるとかまたバカなことを考えてるんだろう。 一度小さく息を吐いて、肩を震わせながら口を開いた。 それからゆっくりと言葉を選びながら昨日の出来事を震えた声で話し始めた。 一度断ったこと、死にそうだと懇願されたこと、蹴って逃げようとしたことから、手錠をかけられたこと。 聞いていて、気がつけば握った拳の爪が手の平に食い込んでいた。 1発じゃ気が済まない。 殺してやりたいくらいだ。 何が信じてたのに裏切られたから、だよ。 上がる時間にわざわざ待ち伏せて、用意周到にいろんな道具仕込んでたやつが良く言う。 リチェールを傷つけた挙句、罪悪感を植え付けやがって。 「……ごめん。オレ、全部の選択間違えてるよね」 顔を上げずに弱々しくそう呟くリチェールの頭を胸に引き寄せた。 逆の立場で、知り合いの同姓から車で送るって言われて、そう言う発想にならないと言う佐倉の言葉を言われて初めて気が付いたわけじゃなかった。 リチェールの容姿だから心配になる。 そして、そう言う目をリチェールは嫌がっていたんだと本当はわかっていた。 それでも、リチェールが刺されたり、舌を噛んだり、連れ去られて犯されたり、そんな思いを2度として欲しくない。 「……自分を頼った奴を疑ってかかることは、リチェール自身が気まずい思いや罪悪感を抱えることだと思う。それでも良く知りもしない男と二人きりになるな。どんなに縋られても断れ。 ……嫌な思いをさせると思うけど、俺のために万一の身の危険を避けることを一番に選択してくれないか」 優しいリチェールには酷なことを言ってると思う。 俺の言葉に悲しそうに目を伏せた。 「……自分が傷ついても、それで人を疑うようになったら、本当に起こった出来事に負けた気がしてたんだよね」 ああ、そう言う奴だ。 疑うくらいなら、傷付いてもいいって言うんだろ。 「オレのバカなプライドは、オレを大切にしてくれてるひとを傷付けてたんだって今更気が付いたよ。嫌なこと言わせてごめんね」 「リチェールは誰かを傷つけたとか考えるなよ。それでいつも自滅してる」 そうかなぁ、と苦笑してリチェールは顔を上げた。 「オレ、強くなるね。もう選択を間違えたりしないから。見放さないでいてくれてありがとう」 そう言って、リチェールは俺の背中に手を回した。 まだ自分から引っ付いてこようとする健気な姿に、胸が締め付けられる。 「昨日の、後ろからしたセックス怖かっただろ。悪かった」 震えながらも耐える小さな体を思い出し強く抱き締めるとリチェールが腕の中でゆるゆると首を降る。 「千の顔が見えないのは少し怖かったけど、大好きな人に抱かれて嫌なわけないよー。オレが悪いんだから謝らないで」 「ああ、そう」 大好きなわりにすぐ離れようとするよな、と嫌みの一つでも言ってやろうと思ったけど、やめた。 「千、もっかいちゅーしていい?」 「それだけじゃ終わらねぇけど?」 意地悪く笑うと、リチェールが顔を赤くする。 それから、少し俯いてきゅっと目を閉じると、小さな唇が軽く押し当てられた。 していいってことだよな? 深く口付けをして、リチェールを抱き上げるとそのままベットに運んだ。 少し怖そうにしながらも、顔を赤くして俺の服を握る姿がいじらしく髪を撫でた。 「千の手、好き。いつも守ってくれてありがとう」 守られるの嫌いなくせにと、笑ってリチェールの細い首筋にキスを落とした。 ドンドンドンドン 「ルリー!!!」 ……その瞬間聞こえて来た原野の声に顔を見合わせる。 「…無視するか」 「だ、ダメ」 だよな。 仕方なくリチェールの上から退くと、リチェールは赤い顔を一度手で包んでからドアに向かった。

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