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選択
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ヴーーーッ
枕元に置いてあったスマホがバイブする音で再び意識を取り戻した。
オレを包む手をそっとどかして携帯を手に取るとあゆむちゃんの家が表示されていて慌ててとった。
「もしもし?あゆむちゃん?」
「ルリ……?」
「うん、どうしたのー?」
ちらっと時計を見ると、まだ朝の6時でよっぽどのことがあったのかと不安になる。
千が起きてしまいそうでベットから出ようとしたけど、がっちり抱き締められてしまい出られない。
寝てるのに、力強いよなって感心する。
「ルリ……たすけて………」
「どうしたの?なにか悲しいことがあったの?」
「お父さんがさっきまでお酒のんでて寝ちゃったの。
ルリ、会いたい……」
震える声に、どうしようと考える。
この時間に家に訪ねるのも、あゆむちゃんを連れ出すのも非常識だし、なによりあんまり一緒に住めないと決めた今オレが踏み込みすぎるのはよくない気がする。
「あゆむちゃん、会いたいって言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
「ルリ……早く来て……」
「あゆむちゃん……」
7才の女の子だぞ。そりゃ寂しいよな。
……でも、だからって後先考えず駆け付けるのは昨日が最後だって約束したから。
「ちょっと待ってね、あゆむちゃん。
すぐかけ直すからまっててー」
「どれくらい?」
「すぐだよ」
「わかった……」
「あゆむちゃんは本当にいい子だね。ありがとう。あとでね」
駄々をこねることない健気なあゆむちゃんに胸がいたくなる。
ほんとはすぐにでも駆け付けたいけど、それは正しくない。
電話を切ると、隣で寝ている千を軽く揺すった。
「千、ごめんね。起きてー」
「どうした……?」
眠たそうにしながらもオレを抱き寄せて髪を撫でくれる。
寝ぼけていてはっきりとは起きていないんだろうけど、それでもオレを撫でる手は優しい。
「あのね、あゆむちゃんから電話あってね。来てほしいって」
「………あー、まて。起きる。お前だけで行くな」
「疲れてるのにごめんね?」
ゆっくりと体を起こした千に合わせてオレも起き上がった。
千は気だるげに長い前髪を後ろにかきあげて、オレがあげたジッポを片手で器用に使いこなし、タバコに火をつける。
寝起きの千って、色気がましてかっこいい。
思わず見惚れると、オレが引っ付きたいのをわかってか、タバコを吸ってるときはあんまり近くにいさせてくれないのに、だっこして膝に乗せてくれた。
「で?あゆむがどうしたって?」
「あのね、寂しいんだって。お父さんがお酒一杯のんで寝ちゃって心細いらしいの」
「ふぅん。で、お前はどうしたいの?」
「行ってあげたいなー。まだあゆむちゃん7才だし……でもね、これから先、呼ばれる度にすぐ駆けつけてあげるのは難しいし、よくないのは、わかってる……」
「どっちみち一緒に住むってアレ断るだろ?今で終わらせとけよ」
オレの髪を指で遊びながら言う千に、うんって相槌を打つ。
「偉いな、リチェール。相談して偉い」
まるで子供を扱うみたいにオレの頭を撫でて褒める千に、自分から擦りよった。
「…………でもね、千。多分だけどあゆむちゃんのお父さん、あゆむちゃんから離れようとしてる気がする。自分なんかじゃダメだって」
千が甘やかしてくれるから、ふとずっと胸に引っ掛かっていたものを言葉にこぼした。
あゆむちゃんのお父さんの自虐的な言動や、寂しい表情がずっと頭に残っていた。
「それはそれでいいんじゃないか?
アル中の親父と二人で暮らすより施設とかに入った方があゆむのためではあるだろ」
常識的で全うな意見に、そうだよね…と小さく答える。
それは、わかってる。わかってるけど。
そうなって、一人になったお父さんはきっと寂しさに耐えられないだろう。
お酒をのみながらも、たまに泣きそうな顔であゆむちゃんの頭を撫でていた。
いろんな葛藤が入り交じった複雑な顔。
他人のオレがどうにかできることじゃないけど。なんとかしてあげたい。二人を見てると、オレまで胸がいたかった。
「千、たすけて?」
どうしようもなくて千を見上げると、綺麗な空色の瞳と目が合い千が深くため息をついてオレの肩に顔を落とした。
「ほんっとお前、絶対計算入ってるだろ……」
「えっ、えっ、なにが?」
「俺がお前のお願い断るわけないって、わかって言ってるだろ。エロイ顔しやがって、後で覚えてろよ」
なにが!?
軽くパニックになりながら、どうしていいのかわからずにいると、千が顔をあげて仕方なさそうにまた短くため息をついた。
「あゆむに電話しろ」
「……!うん」
千が動いてくれたら、まだなにもしてないのに底知れない安心感で肩から力が抜ける気がした。
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