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選択

利光side ゆっくりと意識を取り戻し、酒で痛む頭を抱えながら起き上がった。 昨日のことをゆっくりと思い出そうとするけど、記憶が曖昧だ。 急いであゆむを確認しにリビングに向かう。  こうやって、昨日あゆむに何もしてないかとか。 あゆむはまだ家にいてくれてるかとか。 そんなことを確認することが怖くて情けなかった。 リビングのドアを開くと、アンジェリーさんと、もう一人圧倒されるほど綺麗な顔立ちの男性がいて頬に大きなガーゼを貼ったあゆむが二人に泣きながら何かを話してるところだった。 「すみません、勝手にお邪魔してます」 ぱっとアンジェリーさんが立ち上がって会釈をしてくれたけど、あゆむの傷に目が釘付けで動けなかった。 俺は、ついに、あゆむに手をあげるほど意識を手放してしまっていたのだと瞬時に理解した。 そして、またあゆむはアンジェリーさんに泣きついたのだろう。 「あ、あゆむ………その、傷………俺が………?」 あゆむの傷を指した指先がカタカタと震える。 ああ、もうだめだ。 やっぱりあゆむとはいれない。 大好きなのに。一番あゆむのこと愛してるのに。 「お父さん!あゆ、これくらい痛くないよ!」 あゆむが泣きながら俺の体に抱きついたけれど、いつものように撫でてあげることができない。 「あ、あゆむ………ごめ…………すぐ、安全なところにつれてって、あげるから………」 そうだ。 あゆむが寂しいと言うなら施設じゃなくても、アンジェリーさんのところでも、お願いできないだろうか。 あゆむには世界一幸せになってほしい。だから。お願いだ。 「パパさん、少し落ち着いてください。 あゆむちゃんの話だと、酔ってふらついたパパさんをあゆむちゃんが支えようとして倒れただけで、酔いながらもパパさんはあゆむちゃんのことすごく心配してたらしいですから」 アンジェリーさんがあゆむをなだめだから心配そうに俺を見上げる。 そのことが本当だとしても、俺があゆむを傷つけたことに変わりはない。 もう、だめなんだ。 「あゆ、ごめ………す、すぐ施設に預ける準備するから…………っ」 「やだ!お父さんと一緒がいい!」 俺だってあゆむといたい。 でも、何度やめようとしても、やめれないだ酒が。 やめたい。本当にやめたいのに、やめれなくて苦しい。 「大丈夫………さ、寂しいなら……アンジェリーさん、あゆむのこと、週一でも預かれませんか………?どうか、助けると思って、どうか………」 アンジェリーさんが悲しそうに眉を沈めて、俺の背中に優しくそえた。 「一旦お水のんで、落ち着いてください」 固まる俺に、ね?と柔らかく笑って首をかしげる。 いつのまにか乱れていた呼吸に自分では気付かず、アンジェリーさんに渡された水を飲んで、ふーっと息をついた。 あゆむがわんわん泣いてしまっていて、それを、ああ本当に俺はこの子を泣かせてばかりだと目を伏せた。 どうして俺は酒をやめれないんだ。 どうしてあゆむを傷付けてしまうんだ。 もう、早く、楽になりたい。 …………なにもかもを、手放して。 あゆむさえ、最愛の我が子さえ幸せになってくれるのであれば俺はもう人生を終らせて楽になりたかった。 「パパさん、アルコール中毒は病気です。あなたが弱いからやめれないんじゃない。だから自分を責めないで」 アンジェリーさんがまるで泣いてるような悲しい笑顔で俺の頭をぎゅっと抱き締める。 いい匂いに少し気持ちが落ち着く。 ああ、やっぱりこの人にあゆむを任せたい。 やんわりと後ろにいた男性にアンジェリーさんが離され、俺に向き合った。 「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。リチェールの保護者の月城といいます」 近くで見ると本当に整った顔をしている。 ボーッとする頭でそんなことを考え、それからすぐ挨拶をしなきゃとハッとした。 「は、恥ずかしい家庭事情に、巻き込んでしまい申し訳ないです………すみません………」 保護者が来たってことはアンジェリーさんの家の問題は解決したのだろう。 「率直に言いますと、リチェールと一緒に俺の家でお嬢さんを預かることは可能です。預かりますよ」 「い、いいんですか!?」 嬉しくて顔をあげると、月城さんが呆れたようにすっと目を細めた。 初対面でこんなことを請う俺を軽蔑してるんだろう。 でもそれでいい。あゆむさえ幸せにしてくれたら。   「まって!やだ!あゆ、絶対お父さんから離れないもん!やだ!!」 涙を散らして俺の胸にぎゅーっと抱き付いてくるあゆむに胸がいたくなる。 「あゆむの大好きなルリくんとずっと一緒にいれるんだよ?」 「やだ!!!お父さんがいい!!」 「……………っ」 そんなこと、言われると思ってなくて動揺に息を飲む。 すぐアンジェリーさんを頼るのに。 ついに俺はあゆむを傷付けてしまったのに。 「お父さん以外なにもいらないからそばにいてぇ………っ お母さんがいなくて寂しいの、わかってるから……っあゆじゃ、かわりに、なれないの…………?」 「そん………っ」 そんなこと、俺の台詞だ。 俺じゃ元妻のかわりにはなれないから、苦しくて。 男手ひとつで女の子を育てられるはずないって周りの声に耐えきれずついにお酒に手を出してしまった。 「あゆむちゃんは寂しくておれに電話したんじゃなくて、パパさんを助けてっていつも言うんですよ……」 寂しそうにいうアンジェリーさんの言葉にぽろっと涙がこぼれた。 俺が酒に逃げている間もあゆむは俺を心配して、健気に我慢してくれていたのだと改めて痛感した。 「俺とリチェールはいつでもお嬢さんを預かりますよ。あなたの症状はちゃんと薬があり、少女を和らげることも、治すこともできるものだ。もっと気持ちに余裕をもったらいかがですか?」 「…………っ」 治せるのだろうか。 あゆむを傷付つけて、覚えてすらいないのに。 いつまでもなにも答えられないでいるとアンジェリーさんがあゆむの頭を撫でながらぽつりと口を開いた。 「泣いても、弱くてもいい。傷付けられたっていいから、そばで自分を呼んでさえくれたらそれだけで子供って十分なんですよ、パパさん……」 まるで、自分のことのように悲しく笑う。 その表情に目が離せなかった。 「あゆむちゃんがいなくなったお母さんにこだわるのは、もちろん恋しさもあるんでしょうけど、一番は、パパさんに元気になってほしいからでしょう?」 「………………!」   あゆむが涙でぐしゃぐしゃの顔をあげる。 俺はアンジェリーさんみたいにこの子を笑わせてあげられないし、月城さんみたいな包容力はない。 あゆむを泣かせてばかりだ。 …………それでも。 俺にとってあゆむしかいないように、あゆむにとっても、俺だけだったのだと必死にしがみつく我が子を見て涙がとまらない。 「…………母さんが出てったのも、周りから悪く言われるのも全部父さんのせいだ…………っ あゆむ、お前苦しめてるのは父さんなんだよ………!」 小さな体を抱き締めて、もうこの苦しさから解放させてくれと請うように告げると、あゆむもぎゅーっぎゅーっと離さないと言うように力一杯抱き返してくる。 「父さんは悪くないもん!あゆのお父さんは世界一優しいの!ルリだってそう言ってくれた!……たとえお父さんが悪い人でも離れない!お父さん、捨てないでぇ……!」 「…………捨てるわけ………っ」 ないだろ。 捨てたいんじゃない。 俺から放してあげた方が、この子のためだから。 そう思っていた。俺は、弱くてずるい人間だからこの痛みに負けてこれからも酒に手を伸ばして、それに打ち勝つ未来が到底想像できなかった。 それでも、あゆむが俺だけだと言ってくれるなら。 「父さんがんばるから……っ 病院、行って、ずっとあゆむといれるように、がんばるから…………!」 傷付けるのが怖くて放したかった。 あゆむが、俺の負担にならないよう寂しさを我慢してくれてるのは、わかってたのに。 手を伸ばして、繋げばよかったのだ。 痛くても、苦しくても。 間に合うだろうか。 たくさん傷付けてしまったけれど、今からでも。 突き放してばかりだったそのぬくもりもを抱き締めたら、ずっとあった胸の痛みが優しく和らいだ気がした。

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