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冬休み

後ろからも前からもキャーキャーと悲鳴が飛び交う中、千は無言ですたすたと進んで、不機嫌なのが滲んでいた。 でも、オレもやっぱり他の女性といたとこを見て面白くないから、素直になれず千の服をきゅっと握った。 「……オレ自分で歩ける」 恐る恐るそう言うと、無言でおろされた。 おいでって言われてすぐ素直に来たのに、やっぱ怒ってんじゃん。 「……さっきの女の人足いたいの嘘だってすぐわかったのになんで一緒にいたの?」 「あんな暗闇で足が晴れてるかどうかなんて見えねぇよ。お前探すついでだろ」 「最寄りのリタイアに連れてったらよかったじゃん。何ヵ所にもあっよね?」 「それお前にいわれたくねぇんだけど?」 オレは何回もリタイアしたいって言ったし! 怒りは恐怖に勝るって本当なんだ。 あんなに怖かった暗闇なのにイライラして少し距離をおいて歩いていた。 「純ちゃんはもう外なの?」 「とっくにな」 どこか嫌味っぽく返される。 千はきっとオレが心配で来てくれたんだろう。 申し訳ないし、嬉しいけど、やっぱり千が他の人にベタベタ触られるのやだ。 「怖いなら最初っから言えばよかっただろ。 お前さ、通ったやつがあのモールの変態のおっさんみたいなやつだったらどうしてたわけ?いい加減にしろよ」 「……怖くないし。あの変態は本当にたまたまじゃん。千はもう少しオレのこと男だって意識してよ」 「何回この話させるんだよ」 「それこそ千に言われたくないんだけど!」 女の人が千に抱きついた光景が頭にこびりついてイライラがおさまらずつい子供っぽい反論をしてしまう。 モヤモヤしてる回数は絶対オレの方が多い。 「大体、千は……」 「ぅあ"~!!!!」 文句を続けて口にしそうになった瞬間、そばにあった棚から顔半分が崩壊した女の人がドサッとすぐ足元に倒れて這いつくばった。 「…………っ、いやぁあーーーー!!!!」 一瞬で頭が真っ白になり、とにかくお化けから離れようと走り出そうとした瞬間、乱暴に後ろから手を引かれた。 「だから、離れんなっつってんだろ」 低い声にびくっと顔をあげると苛立ちの混ざった瞳とぶつかった。 そのすぐ足元には這いつくばったグロテスクな女がうぞうぞ動いていて意識が飛びそうなくらい混乱していた。 「やだ!離してぇ!!こわいー!!」 「ほんとお前の逃げ癖はなんとかならねぇのか」 逃げたいのに手を離してくれない千に、気が付けば拳を振り上げてしまって、それも簡単に止められてしまい、焦りばかりが募る。 『っ放せ!クソやろう!!』 『上等じゃねぇかこのチビ』    つい英語が出てしまったのに、同じように英語で皮肉が返ってきて、ぐいっと肩に担ぎ上げられた。 急に体に走った浮遊感に、きゅっと目を閉じて咄嗟に千の首に抱きつく。 さっきまで喧嘩してたのに抱き付いてしまえば、千が優しく背中を撫でてくれるからって本当はわかってたのかもしれない。 ぎゅーぎゅーとなにも見たくないのを伝えるように抱きつけば、あやすような優しい手が背中を撫でくれて、少しずつ荒んでいた心が落ち着くようだった。 もうこのまま出口までつれていってほしいから、今度は降りるとは言わずにそのまま千の肩に顔を埋めていた。 千のくっくっと喉で堪えたような笑い声が聞こえて、ムッとする。 「千、笑わないでよー」 「あんな素直に怖がるリチェールが見れるなんて結構いいな。今度リンクでも借りて家で見るか」 「バカにしてるでしょ」 「かわいいっつってんだろ」 男として見てほしいって今言ったばかりなのに、かわいいって言われてきゅんとするなオレのばか。 あんなにネチネチ嫌味言ってたのに、怖いと言えばすぐこうして優しく抱き上げてくれる千に、下らないことで怒ってしまったなと少し反省する。 「………千は、いつもかっこいいよ」 「どーも」 「オレだけ出てこないから探しに入ってくれたんだよね?疲れてるのに、ありがとう」 「ん」 ほら、こうしてオレのことどこまでも甘やかしてくれる。 千は分かりやすく愛情を注いでくれて、特別扱いされてるってわかってるのに、もっともっとって独占したくなっちゃう。 それでいて、たまにこの愛情を失ったらと考えたら動けなくなるくらい怖い。 「……でもやっぱり女の人といたのやだなー」 「まだ言うか。お互い様だっただろ。お前意外とねちっこいな」 「千に言われたくない」 本当はもう歩けるのに、千に甘えて肩に顔を埋めるオレを千はなにも言わずそのままでいてくれる。 「リタイアするか?」 「する」 即答するオレにふはっと千が笑ってまた背中をポンポンと撫でてくれる。 千は、こんなにも優しいのに………。 「……さっきはごめんなさい。嫌な言い方した。 このあとは、せっかくの冬休み最後だし千も一緒に周りたいな」 リタイア用の非常口から出て降ろしてもらい、少し狭い通路を歩きながら千を見上げる。 本当はわがままを言って、千が断らないのもわかってた。 それでも困らせないようにって思ってたけど、さっきの話はこれで終わりにするからと、すぐ雅人さんに電話してくれる千の腕に抱き付いた。

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