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大人と恋人

あのあと、帰ってまたすぐ寝てしまった俺は真夜中一度喉が乾いて目を覚ました。 キッチンに向かうと、リビングはまだ明かりがついていて、雅人がパソコンで仕事をしていた。 仕事を後回しにして、遊びにつれて行ってくれたんだと少し胸が痛んだ気がした。 そしてむかえた三学期。 雅人が教壇に立って先生の顔をしてみんなに向かって微笑む。 「みんな、明けましておめでとう。 風邪で休む人もいなくみんな揃って新学期を迎えられることを幸せに思います。 ちゃんと宿題は終わらせたかな?」 本当はギリギリまで仕事して疲れてるはずなのにそんな疲れは一切見せない完璧な笑顔に感心する。 「佐倉ちゃん俺たちにお年玉はー?」 「んー、宿題の追加でよければいくらでもあげるよ?」 「うわ鬼畜!」 「ふふ。好きでしょう?」 ちょこちょこ生徒に突っ込まれながら明るい雰囲気でホームルームが進む。 雅人は穏和で優しいイメージだけど、こいつが本当に鬼畜な部分なんてこいつらが知る由もない。 知ってるのは、たぶん俺だけ。 それが少し優越感だ。 ………そういえば。 「ルリ」 「なぁに?」 声を潜めて後ろの席のルリに振り替えると、ルリも少し身を乗り出してくれる。 「もう学校とか役所の手続きすんだ?月城の家に住所変更とか」 「うん、まさ……担任にまで話すんでたし、校長先生にも簡単に話せたよー。 書類も必要なの月城せんせーがイギリスでおじさんに全部書いてもらってたからすごいスムーズだったー」 「そっか。よかったな」 雅人さんといいかけてすぐ訂正したのを聞いて、俺もつい雅人と呼びがちだけど気を付けなければ行けないんだと改めて思う。 「は!?ルリ、月城と住んでるの!?」 隣の席の名前も知らないやつに聞こえてしまったらしく、そいつの一言でざわっと教室が騒がしくなる。 しまった。あとで聞けばよかった。 いや、もう正式に月城がルリの保護者になったんだから隠す必要はないんだろうけど。 悪いと思いながら気まずい気持ちでルリを見ると、気にしたようすもなくルリがヘラっと笑った。 「オレの親と月城先生が元々の知り合いで、やっぱり外国の一人暮らしは心配だからって日本にいる間お世話になることになったの」 その一言で、クラスがホームルーム中とは思えないくらい悲鳴が飛び交った。 「はーい、みんなホームルーム中だからねー。静粛に!」 パンパン!と二回手を叩いて雅人がにこっと笑う。 「そのことはね、個人的なことだし先生もみんなに伝えようか悩んだけど。 ルリくんのご両親との話し合いの結果、日本では友人である月城先生がルリくんのことを保護者として見ることになりました。 あんまり色々騒ぎ立てて二人を困らせないようにね」 ………いくら担任がそういったって好奇心はおさまるはずがない。 ホームルームが終わった瞬間ルリの周りには人だかりができていた。 それは噂になり、休み時間の度色んな学年から押し寄せて人数は増えるばかり。 さすが校内一の人気者だよな。 ルリを通してしか見たことないけど、やっぱり顔はいいと思うし月城を改めてすごいと思った。 「先生、彼女とかいる?」 「男はアリって?」 「好きな食べ物は!?」 「てかぶっちゃけ先生とヤった!?」 色んな質問が飛び交うなか、ルリは終始完璧な笑顔であらかじめ用意していたような答えをスラスラと並べていた。 「付き合ってる人がいるかはわかんないなぁ。あんなにモテる人だしオレなんて全然眼中にない感じだよー」 ………さっき自分で保護者と言ったことといい、今といい。 こいつ嫌じゃないのかな? 俺なら、付き合ってるやついるみたいだぜとか、保護者ってか一緒に住んでるだけだとか言ってしまいそうだけど。 自分の恋人がこれだけモテて、それだけライバルが多いって、嫌だろ普通。 あんまりにもルリが囲まれて、全然俺とは喋れずちょっとおもしろくないから授業中、体調悪いフリをしてルリに付き添ってもらって抜け出した。 「純ちゃんさぁー、サボるならもっと器用になりなよー」 保健室に向かう授業中の静かな廊下でルリがクスクス笑う。 "頭がいたくて座ってられません。ルリに保健室まで運んでもらいます" そう言って普通に立ち上がってルリの手をつかんでここまで来てしまった。 我ながら大根役者だなと思う。 「でもよかった。休みの度に千のファンに囲まれてイライラしてたからやっと自由な時間だー」 手をぐーっと伸ばして、ヘラりとルリが笑う。 「イライラしてたんだ?にこにこしてて楽しく話してると思った」 「えー、全然余裕でムカついてたよ。 ほんと千って無駄にモテるよね。 しかも、男の子なのに女の子みたいにきれいな人とか、かわいい人とかいて怖くなったしねー」 「その辺は大丈夫だろ」 「純ちゃんは自分が可愛いからそう思うんだよー。オレなんてクォーターだし日本人から見て宇宙人みたいじゃない?」 「お前、全国のブスに謝った方がいいぞ」 自分を指で指してきょと、と首をかしげる顔でさえ、天使のように可愛いのに。 そもそも、月城はルリを顔で選んでないと思う。 一途だし、優しいし、健気だし。 でも、俺は? 口は悪いし、短気だし、わがままだし。 いいとこなんてひとつもない。 雅人だって男子校にも関わらずすごくモテる。 色んな人に恋心を寄せられるなか、俺なんていつ捨てられてもおかしくないんだ。

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