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大人と恋人
翌日登校すると、教室がざわざわと騒がしかった。
なんだ?と嫌な予感に早足に中に入ると、その光景に息を飲む。
黒板に大きく書かれた乱暴な言葉には憎々しさがダイレクトに伝わるような威力があった。
"リチェール・アンジェリーは淫乱ビッチ"
"淫豚"
"毎日違う男とセックスしてる"
"性病持ってるから気をつけて"
"相手募集中"
「…………なんだこれ」
しかも、ルリの携帯番号まで書かれていてかなり悪質だ。
ぞわっと身体中の鳥肌がたち、立ち尽くしてしまう。
こんなのルリが見たら、絶対悲しむ。
どうしてあんなに優しいやつに、こんなにも酷いことをするんだろう。
とにかく、ルリにこんなもの見せたくない。
早く消さないと。
震える手で黒板消しを掴み携帯番号から消そうとしたとき。
「純ちゃん」
名前を呼ばれ心臓が飛び跳ねる。
振り返ると、ルリが黒板消しを掴む俺の手に自分の手を重ねて止めてきた。
「おはよ、また相手も朝早くからご苦労だよねぇ」
「ル……」
ルリの顔を見て、どうしてか泣きそうになった。
「は!?なんだこれ!!おい!やったのだれだし!」
呆れたように笑うルリの後ろで一緒に来た雄一が顔を真っ赤にして怒鳴る。
周りの面白おかしく笑ってた他のクラスのギャラリーやクラスのやつらを睨んで今にも殴りかかりそうな剣幕だ。
「ゆーいち。いいよ。これくらい。怒らないで」
「はぁああ!?ケー番までかかれてるし!!怒らずにいられるかよ!!」
カッとしたようにルリにまで怒鳴り散らす雄一をルリがハイハイとずるずる引きずって席に向かう。
「やることこれしかないんだろ。こんな女々しいまともに相手にすんなって。
無視無視。オレらが書いた訳じゃないんだから消す必要もないよ」
いや、消さないと!
自分の携帯番号まで書かれておいて、まだルリは全然余裕の表情だ。
俺がせめて携帯番号だけでも消そうとしたとき、コソコソと笑い声が聞こえた。
「そーいえばルリくん、少し前も放課後四人の男子生徒と残っていけない遊びしてたなぁ。そーゆー趣味なんじゃない?」
ムカつく台詞に睨みつけると、いつかのチビブタが何人かの男を引き連れてクスクスと歪んだ笑いを溢していた。
あいつ、保健室に来なくなったから油断してたけど、まだ月城のこと忘れてなかったのか!
「ルリくんの趣味はどーでもいいけど、先生に変な病気持ってくるのはやめてほしいよねぇー」
しかも、なんか生意気にもメンタル強くなってやがる。
顔だけは悪くないチビブタは楽しそうに近くの男に笑いかける。
絶対あいつが主犯だ。
こんな陰湿で女々しいこと、あいつ以外やりっこない。
怒りが、沸々と込み上げて限界を突破した。
「てめ…………っ」
怒りに任せチビブタに掴みかかろうとした瞬間、バン!ガタタン!!とけたたましい音が続けて響いた。
びくっと体が止まり、音の方をみる。
ルリの机と、その前の席の俺の椅子と机が無惨に倒されていて、騒がしかった教室がシンとなる。
椅子に座ったまま蹴り飛ばした犯人であろうルリは、そのままゆっくり立ち上がり不敵に笑った。
「累くん以前より逞しくなったようで結構。
友達もできたみたいでよかったね?
その調子でどんどんオレにこの幼稚なちょっかい続けてくれて構わないんだけど」
チビブタのところまで近付き、机を蹴り飛ばしたあとの、不似合いな静かな笑顔に、みんな一歩後ずさる。
ガン!!とチビブタすれすれの後ろの壁をまた蹴って、びくっとチビブタが体を震わせる。
「人に仕掛ける時は相応の仕返しがあると思えよ?」
今まで見たこともないような冷たい笑顔に、唖然とする。
そばで見ていた俺でさえ、普段とのギャップに驚いたのに、真正面からされたチビブタは真っ青な顔で固まっていた。
たまに見せる、喧嘩っ早さや、いざという時の乱暴な行動から昔ヤンチャもしてたと言う話は本当だとは思っていたけど、こんな姿は想像もつかなかった。
怯えるチビブタから足を下ろして一歩下がるとまたニコッと微笑んで口を開いた。
「喧嘩。売ってるなら買うってオレ前に言ったよね?」
普段、なにしても基本怒らないし、いつもにこにこ笑って穏やかで優しく可愛らしいルリだけど、そうだよ、こいつってちゃんと男らしくてかっこいいんだ。
ぶるっと体が震えて、気持ちがスカッとした。
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