361 / 594
大人と恋人
「おはよー。なんか教室が騒がしいって言われてきたんだけど、何かあったー?」
雅人が人を掻き分けて中に入ってきた。
それから黒板を前に立ち止まり、スッと目を細めた。
纏う雰囲気はどことなく冷たい。
「………これ、やったのだれ?見た人いる?」
コツン、と指を曲げて黒板を叩き正面を向く。
その表情はいつもの穏やかさはなく冷めきった表情だった。
教室にシンと沈黙が続き、雅人がひとつため息をついた。
「ねぇ、消すの誰か手伝って。
あ、ルリくんはいいよ。ちょっと保健室に行ってて。誰か付き添ってあげて」
ニコッとルリに微笑んで、俺に目配せをする。
たぶん俺が保健室に連れてけって事なんだろう。
雅人が黒板の写真を2、3枚スマホに納め、黒板消しを手に取ると、雄一も黒板消しを手にして荒々しい文字を消し始めた。
「あ、ごめんなさい。せんせーにさせるくらいならオレ自分で消すよー」
「だめ!ルリ行こう!」
雅人から黒板消しを受け取ろうとするルリの手を掴んで引いた。
なんでかな。こんな文字、ルリに触れてほしくない。
ルリがこのひどい文字が書かれた黒板を消す後ろ姿を想像したら胸がどうしようも無く痛むんだ。
「ルリくんは消さなくていいの。君は原野くんと保健室に行って。俺もあとで話聞きに行くから」
ね?と笑って雅人がルリの頭を撫でる。
ルリは申し訳なさそうにぺこっと雅人に会釈をして俺に手を引かれたままようやく歩き出した。
教室を離れて数分。
ルリが怒ってたままなら怖いから黙っていた俺の手をルリが引いて振り向かせた。
思わずびくっと身構えてしまう。
けれどルリの表情はいたずらの成功した子供のように明るいものだった。
「あー!スッキリした!誰かわかったらもうまじで怖くないね」
その明るさに言葉を失う。
怒ってないのか?
いや、あの剣幕は怒ってたよな。
「ルリ、怒ってないの…?」
恐る恐る聞くと、ルリが「そうだねぇ」とあごに手を当てて考える。
「オレが暴れちゃったから千に迷惑かけちゃいそうなことに関しては困ってるけど、累くんが逞しくなってるようでよかったとも思うしねー。
元々やられた内容自体は可愛らしいもんじゃん。気にしてないよ。
あれだけ脅したし、騒ぎにもなったしもう大丈夫でしょー」
いつもののんびりした穏やかなしゃべり方に戻ってる。
ほっと息をついてへなへなっとその場にしゃがみこんでしまった。
「なんだよもー!びびっただろーが!」
「あはは。ごめんねー。純ちゃんまで怖がらせちゃったねぇ」
「てか!可愛らしいなんてもんじゃないだろ!怒れよ!」
ジロッと睨み上げると、ルリが困ったように笑いながら手を引いて立たせてくれる。
「書かれた内容はたしかに怖いよねー。
千に守ってもらおーっと」
「へぁ!?」
「なにその声。ウルトラマンみたーい」
ケラケラしてるルリを二度見する。
甘えん坊なチワワに見せかけて一匹狼のルリが、今守って貰うって言った!?
「ルリ、今回のこと月城に話す気になったのかよ?」
「うん。向こうも一人じゃないし、さすがにここまで来て隠すのは千に怒られそうだしねぇ。いい加減学習しますよオレも」
全力でルリに拍手を贈りたい。
すごい急成長してる!!
「それでいい!それでいいんだよルリ!!」
両肩をがしっと掴んでうんうんと力強く頷いた。
基本的には一人でどうにかしようとする。
でもプライドは守る。
そしていざとなったらちゃんとパートナーを頼る。
今まで大人っぽかったルリに抜けていたピースが本来の良さを崩さずぴたっと当てはまるように、馴染んでいた。
元々、しっかりしてて、可愛くて、でもかっこいいルリがさらにどんどん成長していく姿に、俺も見習わなければと思う。
ともだちにシェアしよう!