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大人と恋人

保健室につくと、ドアの前でルリが一度深く深呼吸をした。 多分、ちゃんと月城に自分から甘えるのは初めてで、それで緊張してるのか。 もしくは、最初は隠そうとしてたことを怒られることを覚悟してるのか。 恐らく両方だろう。 よし、と小さく呟いてドアをノックして開けた。 「せんせー。お邪魔しまーす」 ドアの前の緊張した雰囲気を見事に隠してルリが明るく中に入ると、棚から何かを出そうとしていた月城が振り返った。   「どうした?もうホームルーム始まるだろ?」 持っていたものを棚にきれいに戻して手をパンパンっと払う。 俺が保健室に入ると、ルリがドアを閉めて、てててと月城に近付き気まずそうに笑った。 「あのね、せんせー。怒らないで聞いてくれる?」 「内容による」 胡散臭い笑顔でスパッと厳しいことを言われ、ルリの笑顔が若干ひきつる。 立ったまま話を始める二人に緊迫する空気が流れる中、俺は静かに気配を消してソファに腰かけた。 「千、ごめん。累くんのこと蹴っ飛ばして今逃げてきちゃったー」 ルリの色々と誤解されそうな言い方に思わず「はぁ!?!?」と大声を出してしまう。 いやそこから言う!? ちがくね!?てか蹴ってねーだろ! 蹴られたのは壁とルリの机! それから一番被害を受けたのは、無惨に散らかった俺のイスと机! 弁護しようと口を開いた瞬間、月城に言葉を遮られた。 「ふーん?まぁ若いし、男なんだからそれくらいやっとけ。……で?なにされた?」 前半はどうでも良さそうに、そして後半は腹黒い笑顔を浮かべてルリの顎を両頬を潰すように右手で掴んだ。 え?と、ルリがうっすら冷や汗を浮かべる。 いやもう庇わせてくれ。俺が話す方が手っ取り早い! 「つきし………」 「原野、いい。こいつの癖はもう嫌ってほどわかってる。 このバカからちゃんと聞き出すから」 まるで全てお見通しと言うように月城が俺を横目で見て口元に笑みを浮かべる。 月城の前じゃさっきのかっこよさが嘘のようにたじたじになるルリをまるで小さな子供を見守るように、心の中でエールを送った。 「…………………少し前から、ちょっかいを出されてました」 「へぇ?どんな?」 「ちょっと、意地悪な手紙とか……」   「ふーん。あとは?」 あと水かけられたり、靴をズタボロにもされただろ!! なんで本当にひどかったことを隠そうとするんだよ! 聞いてて俺までいらっとしてくる。 「あと………今日、黒板に尻軽みたいなこと書かれてた………隠しててごめんなさい」 あと携帯番号と相手募集中ってのもな。 なぁ。これもう俺が言った方が早くないか?   「リチェール、それだけでお前が折山を蹴る根性があるとは思えねぇんだけど?」 月城の顔がぐっと近付き、怒られてると言うのにルリが顔を赤くする。 「む……むしゃくしゃしてやった。だれでもよかった」 「どこの犯罪者だお前は」 パッと手を離されルリが頬を両手で包む。 通り魔かなにかのような口振りに、急成長してるように見えて、やっぱりまだ発展途上のところはあるんだと一気に呆れる。 「んと……もしかしたら本当に累が犯人じゃないのかもしれないけど。 黒板でざわついてるその場にいてちょっと嫌み言われてムカついたから蹴っ飛ばしちゃった」 「リチェール。最初も言ったけど、蹴ったのは別にいい。高校生らしくて結構。問題になったら一緒に折山の親にでも謝ってやるよ。 他に俺に言うことはねぇの?隠すとどうなるかわかってるよな?」 あのポーカーフェイスのルリが顔を真っ青にさせてひくっと苦い笑顔を浮かべる。 コツ、と月城が一歩近付いた瞬間。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいー!黒板に相手募集中みたいなこと書かれて隠してたくせに今さら千に守って貰おうとのうのうと来ましたー!!!」 まるで狼に追い詰められた兎のように逃げ出して俺の後ろに回り込むと震え上がり半泣きで白状した。 おい、俺のこと盾にすんな。 ルリの恐がり様に、俺までビクビクしながら月城の様子を伺う。 「………へぇ」 一言だけそう呟いて、まるで親から拳骨される前の少年のようにプルプル震えて目をつぶるルリにひとつため息をついた。 それ以上言葉を発しない月城を不審に思いルリがそっと目を開ける。 「成長したなリチェール」 目があった瞬間、ふっと見たこともないような優しい表情を浮かべて月城が微笑みルリの髪を撫でた。 「でも60点だな。次からはもう少し早い段間で相談するように」 「う……はい」 「原野悪かったな。またどーせこいつのちっさいプライドに付き合わされたんだろ?」 ルリが素直に頷くのを見て、月城は俺に目を向けた。 柔らかくなった月城の雰囲気に、今だ!と俺もずっとずっとずーーーーっと我慢してた言葉を早口に投げつけた。 「ほんとだよ!どれだけ俺が騒ぎたいのを我慢したことか!ルリこの真冬に水ぶっかけられたり、運動靴ズタボロにされたりしてたぞ!黒板に書かれてたのは淫乱ビッチ相手募集中って言葉とケー番だったし!悪質すぎるだろ! あとあのチビブタのこと蹴ってねぇよ!壁と机蹴ってた! ルリがキレた理由も、ルリが男と遊びまくって同居してる月城に変な病気持ってきそうとかチビブタに言われたからなんだぜ!」 言ってやった!と、ふーっと息をつくと、ルリが顔を真っ青にさせて俺を信じられないと言うように見ていた。 その隣では月城が無表情に、けれど静かな怒りを醸し出している。 そっと距離を取ろうと逃げ腰のルリの腕をがしっと掴み少し乱暴に引き寄せた。 「赤点。今夜は反省会しようなリチェール?」 苛立ったように眉間にシワを寄せながらも口元は笑みをつくって言う月城にルリがぶわっと涙を浮かべ半べそ混じりに叫んだ。 「ごごごめんなさいー!!!」

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