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大人と恋人
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「純也、明日が休みだからってこんなに夜更かしして大丈夫?またなにか考え事?」
ソファで小難しそうな本を読んでた雅人が親指をしおり代わりに器用に片手で本を閉じて俺を見下ろした。
雅人の膝枕で対して面白くもなくぼーっとテレビを見ていた俺は「別に」とだけ答える。
「ルリくんのこと考えてるの?
あれは酷いね。俺もあそこまでとは思わなかった。ごめんな。昨日ちゃんと話きくべきだったね」
「んー……まぁ相手はチビブタだし、月城もいるし大丈夫だろ」
「純ちゃん、折山くんのことチビブタって言うのやめよう?人を言葉で傷つけるのよくないよー?」
「やだ。あいつ嫌い」
もー、と雅人が困ったように笑いながら俺の頭を撫でる。
人前で撫でられそうになると恥ずかしくてつい払ってしまうけど、雅人の手は好きだ。
俺をあの狭い家の中から連れ出してくれた大きくて優しい手。
こいつは大人で、でも恋人で、ガキな俺は背伸びしたって敵わない。
でも、大人の恋人として完璧だと思ってたルリでさえ今日穴だらけだと知った。
なんでも一人でこなして出来る奴なのに、たまに小さな子供のように叱られて。
多分、それでいいんだろう。
俺が前へ進みたくはないのに、恋人扱いしてほしくてモヤモヤしてただけ。
前へ進むのは怖い。
怖いけど、もっと雅人と深く関係を築きたい。
その気持ちに焦っていたのだと思う。
「雅人」
「なーに?」
「ヤるか」
「ふぁっ!?」
俺の突然の言葉に持っていた奇声をあげて本を落とし、その中心角が俺のデコにスコンとヒットした。
「いってぇ!!」
「わ、純也ごめん!……てか、え、は!?え!?」
デコを押さえて起き上がり、目の前でポンコツと化した雅人を睨む。
普段あれだけ隙あらば手を出そうとしてるくせになにビビってんだ。
「どうしたの純也!?熱!?お熱でちゃったの!?なんかデコ赤いし!」
「赤いのはお前の落とした本のせいだよ!」
雅人ってこんなに動揺するとあるんだ。
なんか新鮮。
「いいか雅人。俺は一応お前と付き合ってる」
「え?うん、そうだね」
「俺も男だ。腹を決めた。来い!」
「……そんな戦を控えた侍のような顔して言われても」
顔、真っ青だよと雅人がクスッと笑う。
だって、怖いけど。
言葉や態度で素直になれない俺は、体だけでも手っ取り早く繋がって起きたいと焦ってしまう。
焦ってしまうほど、雅人の特別でいたい。
心臓が壊れそうなほどドキドキしながら返事を待ってると雅人が小さく息をついて俺を抱き上げた。
びくっと体が震えてしまいぎゅっと目を閉じる。
けれど、すぐにおろされた。
え?と顔をあげると、俺を膝の上にのせた雅人がにやにやと笑っていた。
「怖がってる純也も可愛いね」
そして一言意地悪を言って顔が近づいてくる。
ふに、と柔らかい感触が唇に辺り、何が起こったか理解できず固まってしまう。
「…………っ」
キスだと理解して顔が一気に熱くなり思わず口元を押さえる。
いや、びびるな俺!
今から俺はこれまで体験したこともないような痛みを受けるんだから。
大丈夫。あの貧弱なルリだって通った道なんだから。
さらっと雅人の指が髪を撫でながら頬に添えられ、ぎゅっと目をつぶった。
「純也、目開けて」
またちゅっと頬にキスされ、くすぐったさにゆっくり目を開けた。
穏やかな表情の雅人と至近距離で視線がぶつかり、顔が熱くなる。
「大丈夫。俺たしかに早く恋人らしいことはしたいけどさ。怖がってる純也を押さえつけて無理矢理したいなんて思わないよ」
「…………怖がってなんかねぇ……」
動揺して瞳を揺らす。
いや、怖い。怖いけど。
「焦ってどうしたの?
心配しなくても、ちゃんと純也のはじめては俺がもらうから。とりあえず今は毎日ちゅーさせて?」
ふっと優しく笑って雅人がまた唇を押し付けてきた。
ドキドキして頭がついていかず、されるがまま受け入れる。
キスって、こんなに優しいものだったんだ。
唇が離れて雅人を見上げると、ぎゅうっと抱き締められた。
「少しずつ慣れていこうね、純也」
こんなにも大切に、大切にしてくれる雅人の腕の中で俺もそっとその背中に手を回した。
雅人は大人だ。
ありえないほどヤキモチ焼きで、たまに引くほど短気でおっかないけど、やっぱり俺が隠そうとしても隠しきれない気持ちごと包んでくれる。
子供扱いされること、むかついてたはずなのに。
昨日、俺の悩みを肯定して背中を押してくれたことも、今、焦った俺を受け入れてくれたことも、全部心地いい。
でも、こんなどうしようない俺でいいのかな。
「雅人、俺も……」
「んー?」
「やっぱりなんでもない!!!」
「えー?」
照れて、言うことを辞めた俺を雅人がくすくすと笑う。
等身大の俺と恋人になるってこいつは言ってくれたんだ。
そのことが、俺が俺のままでいいんだって言ってくれているようで、心がぽかぽかした。
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