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小さな挑戦状
ようやく泣き止んで顔をあげると、ずっと背中を撫でていたルリくんが優しく微笑む。
泣き顔もかわいいね、なんてバカにしたような台詞にムッとして、ルリくんの肩を押す。
華奢な体は簡単に床に崩れそのまま見える細い首筋に噛み付くように吸い付いた。
「え!?なに!?………っん」
キスマークなんてつけたことないけど、ぢゅーぢゅーっと力任せに吸い上げて、最後にがぶっと噛みついた。
口を離すとルリくんが少し赤い顔で睨んでくる。
「もー、さすがに累くんには襲われないよ、オレも。なんのつもりー?」
「これで先生に浮気でも疑われて嫌われろばーか!」
しっかりついた見える位置の赤い痕ににやっと笑って舌を出すとルリくんが、げっと顔を青ざめさせた。
ようやく飄々としたむかつく表情を崩せたことに、優越感を感じちゃう。
「やめてよー!しかも、隠れない位置じゃん!」
「うるさいビッチ!お似合いだよ!」
「あ!むかつく!頭弱いくせにー!」
「いったぁ!お前カッとなって手ぇ出すなって言っといて!」
ほっぺをぎゅーっとつねられ僕も負けじとつねり返した。
なんか、こんなやりとりもはじめてだ。
意外と小さな嫌がらせを繰り返すよりスッキリする。
二人でムキになってほっぺを摘まみ合ってると、バン!とドアが開いた。
「あ。ゆーいち」
身長の高いルリくんの友達が僕たちを見てほっとしたように汗だくの顔を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「なんだよもー!お前のかばんとかあるのに連絡とれないし校内にいないから黒板見たやつに襲われてるかと思っただろ!なにじゃれてんだよ!」
「「じゃれてないよ!!」」
むかつくことにルリくんと声が被ってしまい顔を見合わせてツンと背ける。
いいよな。ルリくんは先生だけじゃなくこうやって駆け付けてくれる友達もいて。
僕にはだれもいない。
「ゆーいち、こいつ野良犬に手ぇ噛まれてたんだぜ」
「は?やべぇじゃん。病院行けよ」
「ん?手下に裏切られる的な慣用句なんだっけ?」
「ハイハイ。飼い犬だろ。すぐ覚えたての日本語使いたがる。
大丈夫?かなり乱れてるけど、あの三人からされたの?」
ルリくんに手を差し伸べて起き上がらせたあと、その手は僕にも伸ばされきょとんとその手を見つめる。
黒板に落書きをしたとき、教室で一番怒ってるように見えたこいつが、なんで?
僕が犯人ってわかってるだろうに。
「ルリ、お前も襲われたあとで怯えてる子にムキになってんじゃねぇよ。この子頬真っ赤じゃん」
「オレの真っ赤な頬は見えないのかよー。お互い様だもん」
べーっと子供みたいに舌を出すルリくんを呆れたようにたしなめて僕を起き上がらせてくれた。
「なんで……ぼく、ルリくんにひどいことしたのに……」
その手をそっと放しながら言うと、ルリくんの友達がふっと笑った。
「4対1なら心配にもなるけど、1対1ならただの喧嘩じゃん」
「オレとゆーいちも昔よく取っ組みあいの喧嘩したしねー。
んで大体ゆーいちが泣き出してオレの勝ちだったよねー」
「ほんっとお前一言多いよな!累くん?だっけ?もっときつめにいじめてやっていいよ!」
「あはは。そしたらまたこうやって汗だくで助けようとしてくれるくせにー」
目の前で始まる鬱陶しいじゃれ合いにうつむく。
そういうの、僕の前でやらないでよ。
「てかルリ。あの人が探してたぞ」
思い出したように言った一言で、ルリくんがゲッと顔をしかめた。
それから僕がつけたことキスマークを悔しそうに撫でる。
「ゆーいち、3人が待ち伏せしてたら怖いから、ちゃんと累くんのこと」
「家まで送ればいいんだろ。
わかったから早く行け。かなり心配してたし」
「じゃーね、累くん!明日からも幼稚な嫌がらせ期待してるよー」
ムカツク台詞を残して、ルリくんがバタバタバタと走り去っていった。
その後ろ姿を見送ってルリくんの友達が疲れたように笑う。
「嫌われ役やるなら徹底的にやれっての。あいつの中途半端なとこ余計にムカツクよね」
むかつくと言いながらも顔は穏やかで仲がいいからこそ言える台詞だと思う。
なにも言えずにいると、一歩ドアに向かって歩き出してさっきのようにまた優しく手を差しのべてきた。
「俺、雄一。暗くなる前に帰ろうか累くん」
本当はルリくんの友達と帰るのなんて嫌だけど、3人が待ち伏せしていたらと思うと確かに怖くて躊躇いがちにその背中に続いた。
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