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小さな挑戦状
校舎を出るとびゅうっと冷たい風が肌に刺さり体を小さくする。
あいつらに叩かれた頬がいたくて、何もなくなった現実になんとも言えない不安に胸が押し潰されそう。
明日から僕のために動いてくれる友達はいなくて、その人たちは僕を恨んでる。
怖くて、震える体をぎゅっと強張らせた。
「あ」
雄一くんの声に顔をあげると、目線の先には保健室。
そしてルリくんと先生がいて、先生が窓のカーテンを閉めたせいでその中は見えなくなる。
多分、そういうことだろう。
胸がまたぎゅーっと痛んで目を背けると、雄一くんも少し切なそうな顔でうつむいた。
この人、ルリくんのこと好きなのかな。
だからあんなに汗だくで探して。
ルリくん、嫌なやつ。こんないい人を利用して。
「雄一くん、大丈夫?」
「ん?なにが?」
悲しそうな顔に思わず声をかけると、すっと笑顔で隠してしまった。
隠さなくていいのに。
「ルリくんのこと好きなんでしょう?
今泣きそうな顔してた」
そう言うと雄一くんはきょとんと首をかしげて困ったように乾いた笑いを溢す。
それから僕の髪をわしゃわしゃ撫でた。
「………俺はどっちかと言うと累くんサイドだよ。好きなのは先生……だった」
その言葉に衝撃を受ける。
だって、そんな素振り見たことない。
なら、さっき、ルリくんを助けなきゃよかったのに。
だって、ルリくんが先生の前に二度と立てないくらいになって別れたら、嬉しくないの?
雄一くんの優しさを利用してるルリくんと沸々と怒りが込み上げる。
「ルリくん、嫌なやつだね。自分の気持ち圧し殺してそばで応援するの辛かったでしょ?」
「いやいや、嫌なやつは俺だよ。
ルリの気持ち知ってて、俺は先生が好きだから近付くなって言ったこともあるし。
ルリの酷いシーンを見せて先生に幻滅させようと謀ったこともあったし」
さっきルリくんの危機に必死に駆け付けた雄一くんからは考えられない行動に息を飲む。
固まった僕に雄一くんは悲しそうに笑って見下ろした。
「ね?俺ひどいやつでしょ?」
なにも言えないでいると、雄一くんが歩き出したからその後ろにとぼとぼと続く。
「ルリは弱そうに見えて強いよ。
こんな俺でも大切だって俺のズルさごと受け止めてくれて。
自分のことはいつも二の次でさ。
先生に振り向いてほしくてルリをネタにしたり、先生からルリを遠ざけたりした」
「………ルリくんのこと、嫌いにならなかったの?先生とられたんだよ?」
「なれたら、楽だったんだけどね。
やっぱり俺にとってもルリって特別なんだよね。
あいつが俺のために色んなこと我慢して笑っててくれた分、好きな人できたって嘘ついてでも祝福してやりたいんだよ。
そのために耐える胸の痛みとかさ、当時の俺のズルさを和らげてくれるようで今は暖かく思うしね」
僕と同じだったんだ。雄一くんも。
先生が好きで、振り向いてほしくて、思い通りにいかなくて悔しくて。
それなのに、向けられた優しさをちゃんと受け止めて、返そうとしてる。
「…………僕は、ルリくんに二回も助けられたけど、好きにはなれない」
僕にそんなきれいな気持ちはない。
素直にそういうと、雄一くんはふっと笑った。
「いいんじゃないの。それだけ先生のこと好きなんでしょ?俺よりずっとまっすぐだと思うよ」
ぽんっと大きな手が僕の頭を撫でる。
自分だって、先生を見てさっき悲しそうな顔してたくせに。
「これからもさルリに元気にちょっかい出してやってよ。でもほどほどにな」
「………うん。ルリくんなんてボコボコにしてやる」
「ははっ。いいじゃん。幼い頃の俺の無念をはらしてよ」
「変なの。ルリくんのこと大切なくせに」
「んー、まぁ俺付き合い長いからね。本当に傷ついてないのか、強がってるだけなのかわかるというか。先生とか純也よりルリの性格とかよくわかってるつもりだよ。
正面からスッキリするまで嫌い嫌い言ってやんな。
純也はルリのことどうしようもないくらい好きだからきゃんきゃん言うだろうけど、ルリは図太いから累くん元気だなーってニコニコすると思うよ」
「ムカツク。あいつの弱みないの?」
「いっぱいあるよ。ホラーとか苦手だから今度俺ん家でみんなでホラーDVDの鑑賞会でもする?
あ、ホラー平気?」
「ホラーとかめっちゃ好き!」
思わず得られた弱点にパッと顔をあげると、夕日のオレンジに照らされて雄一くんが少年らしくニッと笑う。
「じゃあ決定だな。あ、累ってよんでいい?俺のことも雄一って呼んで」
あの三人とは違った居心地のよさに、気がつけば後ろではなく並んで歩いていた。
累と、雄一だって。
まるで、友達みたい。
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