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小さな挑戦状
リチェールside
累くんをゆーいちに任せて屋上を飛び出した。
スマホを見ると千から着信が残っていて、走りながらかけ直す。
「……もしもし」
ワンコールですぐ繋がった電話にホッとしながら保健室に向かった。
「ゆーいちが探してたって聞いて。ごめんね、どうしたのー?」
「お前今どこだよ?まさか一人で出歩いてないよな?」
ドキッとする。嫌がらせが落ち着くまで一人で出歩くなって言われてたのに、放課後の屋上なんて人気のないところに嫌がらせをしてる張本人達を追いかけて行ったなんてバレたら、やばい。
でもこのキスマークを前にうまい言い訳も思い付かなくて覚悟を決めた。
「もう少しで保健室つくよ。千は今どこ?」
「ならそっちに向かう。逃げんなよ」
「はい……」
少し不機嫌な声で言われ、冷や汗をかく。
そもそもダメだと言われてことをわがままを言って今自由にさせてもらってるのに、最低限の約束を破ったんだから怒られても仕方ない。
でもさ、累くんも千には知られたくなかったと思うんだよね。
とにかく素直に言って謝ろう。
何もなかったわけだし、そこまで怒られたりはしないだろう。
…………………そう思っていたのに。
保健室に入った瞬間、肌に刺すような冷たい空気にその甘い期待は簡単に打ち消された。
キスマークは途中で教室によって巻いたスヌードでまだ見えていないはずなのに。
「…………佐久本から、屋上でお前を見つけたって連絡が入ったんだけど?」
ゆーいちのバカ、何でチクるかな!
からかった仕返し?
だらだらと冷や汗が頬を伝い、後ずさると背中にドアがぶつかった。
コツ、コツと靴をならしながら千が近付いてきてトンと後ろに手を突かれる。
どうして千の壁ドンはいつもこんなに怖いんだろう。
巷の女の子は本当にこれにときめくものなのだろうか。
プルプル体が震えてしまって言葉がでない。
カシャンっと鍵がしまった音がして、千が離れたと思ったら、窓のカーテンを閉めた。
出来上がった密室に恋人いるとは思えない殺伐とした空気が漂う。
「せ、千、あのね……」
まさか千に累くんがオレを襲わせようとして返り討ちにあってたなんて言えるわけないし、言葉が続かない。
黙っていると千がはーっと苛立ちをそのまま吐き出したようなため息をこぼした。
「で?折山を助けた感想は?」
ドキッとして顔をあげると、千の冷たい瞳と視線がぶつかった。
「助けた……っていうか……」
「当たりかよ」
やられた。カマをかけたんだ。
なにもされてないから怒られないんじゃなくて、危険を省みず突っ込んだから怒られるんだって分かってるのに、どうしてもやっぱり頼れない。
「リチェール、いい加減同じこと言わすなよ。
なんで俺を呼ばなかった?」
「だって……累くんは千のこと好きじゃん……」
「ああそう。それで折山の好感度守ってどうしてぇの?」
「……そういうつもりじゃ……」
「どうしたいのかって聞いてんだよ」
厳しい千の声に、ビクッとする。
どうしたかったのだろう。
ただ、累くんがせっかく学校に来れるようになったのなら、今は刺激を与えるべきじゃないと思った。
「千………オレも、ちゃんと考えて動いたし………オレも累くんも、無事だったよ……?」
「で、無事じゃなかったらどうなってたわけ」
「………オレも、男だし多少殴られたりしても………」
「ハナから約束を守らない気でいたわけだな」
三人が屋上に向かったのを見たとき、一人で追ったのはたしかに何も深く考えていなかった。
でも約束を守るつもりでいた。
カズマさんのことでちゃんと学習したはずなのに、つい体が動いてしまった。
「千………違う………」
「甘やかしすぎたな。俺も」
「千……」
震える手で千の服を縋るように握る。
涙だけは溢さないように耐えたけど、ぼやけた視界で見上げた。
「累くん、千のこと好きだから………負けたくなかったの………っだから千にも入ってほしくなくて………でも累くんが痛い目見るのわかっててそこに千を呼ぶのは、ずるい気がして……ごめんなさい………」
「………」
何も言わない千に不安が募り、ポロポロと涙が溢れた。
千の服をぎゅーっと握ると、何も言わなかった千が小さなため息をこぼした。
「お前な、卑怯だぞ」
小さな舌打ちと共に乱暴に抱き寄せられる。
大好きな香水の匂いに、また新しい涙が千の服を濡らした。
「リチェールに泣かれたら甘やかすしかないだろ」
まだイライラとした声なのに、手は優しくオレの背中を撫でてくれる。
泣いて、この人の優しさに付け込むオレは自分でも卑怯だと思う。
卑怯でもなんでも、放したくなかった。
「リチェール、とりあえず帰るぞ。
それからゆっくり話しよう」
体を離されそうになり、ぎゅーっと離れたくないことをアピールするように抱き付いた。
「…もう少し、待って」
今泣いちゃったばっかで歩ける顔じゃないし、もう少しだけこうしてくっついていたい。
千の首に抱き付くと、そのまま少し歩いてベットに下ろされる。
見上げると、千が意地悪な顔で笑みを浮かべていた。
「帰りたくねぇなら、ここでお仕置きするか?」
「だ、だめ……っ」
常識人の千がそんなことするわけないって思ってても、醸し出される色気に、つい焦ってふるふると首を降ると、千が頬を撫でてそのまま優しく顔にキスを落とした。
「何回お仕置きしても反省しないバカをどうやって躾てやろうか?」
「………っせ、せめて、家に帰ってから………躾てください………」
「なら煽る顔すんじゃねぇよ」
「んっ」
スヌードをどかして、千が首に舌を這わせる。
そのくすぐったさに声を漏らすと、千の体がピクッと固まった。
なに………?
「………おい、リチェール」
「い………っ!!」
次の瞬間がぶっと首を噛まれ、痛さにビクッと体を強ばらせると、千に鋭く睨まれた。
「これ、誰の痕だよ」
「あっ」
累くんにされた嫌がらせをすっかり忘れていたオレはそのことを思いだし、さあっと血の気が引くのを感じた。
「違うの!!これは累くんが嫌がらせで!!」
「折山……?」
「そう!累くん!だから、ただ一瞬のすきで痕つけられただけでなにもしてないよ!」
ルイくんが千のこと好きなことなんて分かりきってることだ。
つまりオレにしたことは、そう言う感情じゃなくてちょっとした喧嘩の延長戦みたいなもの。
だから浮気じゃない!と主張すると、黙っていた千は口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「それで俺が許すとでも思ってんのか」
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