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四方八方

「リチェールさん」 「なに……?」 ぽやっとした赤い顔を向けられ、大袈裟にため息をついてしまう。 「色気垂れ流して歩くのやめろ」 「へ?」 駐車場に向かう途中、耐えきれずそう言うとリチェールは分かってないように首をかしげた。 ヤられた後ですという甘い雰囲気の顔で俺のとなりを歩くリチェールをすれ違う生徒や校務員が振り返る。 その目付きが不快で、そうさせたのは俺だと分かっていてもイラっとしてしまう。 「色気って……」 オレが?と半笑いで聞き流すリチェールに、少し説教をしようと口を開いた瞬間、第三者の声に遮られた。 「月城先生」 名前を呼ばれ、振り返ると校長が若い女をつれて立っていた。 「ちょうどよかった。先日お伝えした、明日から二週間、養護教諭として研修で入る七海 光(ナナミ・ヒカル)先生です。 わざわざ挨拶に来てくれました」 ああ、そういえば入ると聞いていた。 女だったのか。ここ男子校だぞ。 七海と紹介された女を見ると、顔を赤くして頭を下げられた。 「な、七海です。二週間よろしくお願いします」 ああ、これはリチェールが不安がるだろうなと、横を見れば案の定笑顔を張り付けながらも少し冷や汗をかくリチェールに内心ため息をついて、完璧な笑顔を返した。 「月城です。こちらこそよろしくお願いします」 差し出された右手に握手を返すと、すぐに手を離す。 「すみません。ゆっくりご挨拶したいのですが、アンジェリーが熱を出して病院に連れていきたいのでお先に失礼します」 「えっ?生徒を?」 首をかしげながら、七海がリチェールを覗き混む。 その横で校長が俺に代わって説明をしてくれた。 「アンジェリーくんは日本に滞在中、ご両親に色々あって、元々ご両親と友人の月城先生が引き取ることになったんですよ」 「そうなんですね。優しい先生と一緒にいれて嬉しいねアンジェリーくん」 七海が優しい笑顔でリチェールの頭を撫でるとちらっと赤い顔で俺を見上げる。 そういう優しさアピール要らねぇっての。 「はい。本当に月城先生がいなかったら日本に残ることは叶わなかったと思うので感謝してます」 「いや~。学年首席の君に抜けられるのは本校としても痛いよ。残ってもらえてよかったよかった」 あっはっはっと、豪快に笑って校長がうんうんとうなずく。 どうでもいいから帰らせろ。 「では、お先に失礼します」 会釈をして、リチェールの肩を抱いてそのまま歩き出すと、リチェールもぺこっと校長と七海に頭を下げておとなしくついてきた。 車に入るとリチェールが不安そうな顔を向けてきた。 言いたいことは、もうわかってる。 「七海先生、美人だったぁ~」 ふにゃと泣きそうな顔で抱き付いてくるリチェールをよしよしと頭を撫でてやる。 どうにも俺は信用がないらしい。 「お、おっぱいも大きいし、いい匂いもした~」 男の子だな、こいつも。 たしかに胸はでかかったけど、だからなんだよ。 こんなに愛されてるのまだわかってないのか。 「はいはい。俺はリチェールがいいっていってんだから、これくらいでぐずるな」 「うー。千が七海先生のこと好きになったらどうしよう」 「ならない、ならない」 すでにこんなに可愛いやつがいるんだから。 そう言ってもリチェールは不安らしく家についてもずっと引っ付いてきて甘えただった。 さすがにトイレまでついてこようとした時は少し怒って、しゅんとするリチェールを、また宥めて一緒に風呂に入った。 こういう面を見ると、子供らしいと思う。 普段は大人になろうと背伸びしすぎなくらいだから。 湯船で俺の腕の中におさまると体を胸にもたれさせて甘えてくる。 「おい。いい加減襲うぞ」 「うん。いっぱいして。他で出る性欲がなくなるくらいオレで満たしてよ」 「お前な……」 呆れたように長い前髪を後ろにかきあげてため息をつくと、小さな唇を額に落としてきた。 「ごめん。オレめんどくさいね。わかってるんだけどね。だって千、かっこいいから不安なんだもん~」 顔を包むようにぎゅーっと半泣きで抱き付いてくるリチェールに、はいはいと背中を撫でてやる。 裸の体をそんなに押し付けてきてどうしたいんですかね、リチェールさん。 「七海先生絶対、千に一目惚れしてたよね?目がハートだったもん!」 「知らねぇよ」 「オレのこと捨てたらやだからね?」 「わかったから」 「あとあんまり七海先生と二人っきりになったら」 「リチェール」 言葉を遮って顔を覗き混むと、本当に不安そうなリチェールの顔が映る。 まぁ、不安から来てるものだとしても、差し出してくるなら、貰わないはずがない。 「リチェールが嫌ってほどどれだけ大切か教えてやるよ」 そういって、リチェールの細い腰を抱き寄せた。

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