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四方八方

──────── 「千、行ってらっしゃい。運転気を付けてねー」   「ああ。お前も遅刻すんなよ」 弁当と鞄を受け取ると、リチェールが、背伸びしてキスをしてくる。 そのあといつも恥ずかしそうにはにかむ顔が可愛い。 リチェールの頭をぽんぽんと撫でてドアを開けた。 リチェールはこのあと洗濯をして夕飯の準備をしてから家を出る。 バイトの日くらい俺がそのくらいするといってもいつものように断られた。 少しでも無理してるようならすぐ止めようと思っていたけど、本人が楽しんでやってるならやらせておく。 それにリチェールの作ったご飯が一番うまい。 「月城先生~!おはようございます!」 学校に着くなり小走りで追いかけてきた甲高い声に少しうんざりする。 「おはよ」 短く返すと、七海が顔をわかりやすく赤くした。 「うう。今日も寒いですね~」 「そうだな」 「あ、そうだ!よかったらこれ」 思い出したようにガサガサと紙袋を出してきた。 「なんだこれ?」 「ほら~昨日話してたじゃないですか~。彼女さんが和食苦手で困ってるって。肉じゃが作ってきました♪ 彼女さんと二人で食べてください。お手本です」 困ってるなんて言ってないし、かなり失礼だろ。 てか、そんなことしてる場合じゃねぇだろ実習生。 「ありがと。でも、うちの嫉妬すげぇから遠慮しとくわ」 「えー!でももう作ってきちゃいましたし受け取ってくださいよ」   笑って優しく断っても、ぐいぐい手に押し込んでくる七海にこういう女いるよなぁ、どのパターンで断ろうと考える。 同じ職場というのが厄介だ。 だから男子校を選んだってのにと、内心ため息をつく。 「悪いけど、それは教頭とかほかの教師にあげてくれ。 うちのはたしかに和食苦手だけど困ってないから」 「ええ……せっかく月城先生のためにって早起きして作ったのにぃ。 私、朝5時に起きたんですよー」 「へぇ、じゃあレポートは完璧に終わってるな」 追い込むように笑うと、七海が困ったように眉を下げる。 そんな顔されても可愛くねぇから。 「それは……まだ………」 口ごもる七海に呆れてため息をひとつこぼす。 「実習期間なんてたった2週間だぞ。集中しろよ」 「料理くらいいいじゃないですかぁ~。とにかく!作っちゃったんですから受け取ってくださいっ」 頑なに渡そうとしてくる七海に仕方なく受けとる。 「じゃあこれは職員室でみんなで食う。それでいいな?俺も食うから」 「えー!いやですよ!作っちゃったんですから彼女さんに食べてほしいのに!」 「うちのには絶対食わせない。これ以上わがまま言うなら俺も一口も食わねぇけど?」 「うー!月城先生の意地悪!」 歩いてるうちについた保健室で鍵を開けてドアをスライドさせた瞬間、七海に後ろからどんっと押された。 押された、というよりは抱き付かれた。 「……おい」 冷めた目で七海を見下ろすと、顔を赤くしてぎゅーと力をいれられる。 「宣戦布告です!私、絶対負けませんから!」 体を放すとべーっと舌を出して出ていった。 ガキ臭い。 リチェールと出会う前だったとしてもお断りのタイプだ。 とりあえず、肉じゃがは持っていってくれたしそこはよかった。 ただこの感じで2週間アレが付きまとうと思うと、今から少し気疲れする。 まぁ秋本がリチェールに接触してることの心配に比べたら、このくらいのストレス可愛いものだけど。

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