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四方八方

「うーん」 どうしようか考えながら、机に俯せて寝ている純ちゃんの丸まった背中に頬を乗っけた。 純ちゃん子供体温だからあったかい。 ゆーいちと累くんがイギリスの話をし始めたのを横目に、悪趣味だと思いつつも、七海先生のホーム画面に飛んだ。 指をスライドさせると、たくさんの日記が出てくる。 "好きな人への手料理。和食が食べたいんだって~" "やばい!めっちゃ問題だらけの恋!苦しいけど頑張る!乙女だもん" "てかめっちゃイケメンいたんだけど!実習楽しめそう(笑)" "明日から実習ー!こわいよー!寝れないよー!" 下にいけば行くほど古く、こんなの見るべきじゃないなと閉じた。 22だったか。 たしか光邦さんやアキちゃんと一緒の歳。 あー、光邦さんとアキちゃん相談したい。 めっちゃしたい。 そんなことをモヤモヤ考えてると、教室のドアから雅人さんがひょこっとやって来て、オレを呼んだ。 「ルーリくん、ちょっといいかい」 いつも通りの穏やかな笑顔に頷いて雅人さんのところまで駆け寄ると、そのまま化学準備室まで連れていかれた。 なんだろう。 純ちゃんのことかな。 奥から丸椅子を取り出して座るよう促され腰を掛ける。 雅人さんも腰かけると、にこっと微笑んだ。 「七海先生ちょっと厄介だね。大丈夫?なにもされてない?」 思っていたこととは全然違う内容に目を丸くする。 純ちゃんのことじゃなくて、オレのために休み時間なのに心配して、わざわざ来てくれたの? 「今朝ルリくんが地学準備室から出てきたって千くんがイライラしてたからさぁ、その数分前に俺は七海先生が出てきたのを見たよーって話からあれ?ってなってね。 千くんは俺が呼んでも逃げられるしどうせ七海に邪魔されるってことで早く帰れるよう今鬼の形相で仕事してるんだけど、七海先生になに言われたの? 千くんのこと聞かれたー?」 なんだか、オレと純ちゃんも仲良しだけど、大人二人もどんどん仲良くなってってる。 そしてこの見守ってくれてる感じが暖かく感じるような、タッグを組まれて恐ろしく感じるような。 「なん………」 「なんでもないって言ったら、縛り上げてここに監禁させといてって言われたよー。すぐ迎えに来るって。俺にそんなことさせないでね、ルリくん」 にこっと爽やかに笑顔を向けられ、ひくっと顔がひきつる。 千も雅人さんも。 大人になると腹黒くなるものなのだろうか。 今全く関係ないけど、純ちゃんの純心な寝顔を思い出してどうかそのままでいてくださいと拝みたい気分だ。   「あと相手を庇うような言葉使った瞬間、縛り上げろって言われたよー」 笑顔でさらに圧力をかけてくる雅人さんに観念した。 「大したことじゃないんだけど……」 「うん?縛る?」 「めっちゃ大したことなんだけどっ!」   笑顔が黒くなり慌てて言い直すと、雅人さんがうんうんと頷く。 「なんかね、七海先生から千のこと協力してって言われて、もちろん断ったんだけど…….えっと、千が恥ずかしいお弁当持たされて昨日恥かいて、彼女が束縛激しくて困ってるって相談されたらしくて」 「えー?あのお弁当?可愛くていいじゃん。見たの俺と七海先生だけだしほかの教員に見られたとしても恥なんてかかないよ。俺は面白かったけど。 あと和食云々とかも勝手に七海先生がペラペラ喋ってただけで千くん超雑に聞き流してたけど」 「………………」 「七海先生の言葉信じちゃったんだ?」 ………信じた。ていうか、自分に思い当たる節が多すぎてその通りだと思った。 けれど、七海先生は被害妄想をする節があることにさっき気づいて、たしかに千が女性に、ましてや実習できてる年下の女の子にこんな話をするなんてあり得ないことに今さら気付いた。 黙り込むオレに、雅人さんは苦笑して頬杖をつく。 「千くんはっきり彼女一筋だからってアピールしてたのに勘違いされて可哀想だよー?」 「ほんとだ。どうしよう~」 「まっ千くんなんてルリくんにベタ甘だし裸エプロンでもしてごめんねって可愛く言ったらそれで解決でしょ」 「雅人さん、それセクハラー」 セクハラか!と雅人さんが軽く笑って舌を出す。 てか、千はそーゆープレイに興味なさそうだし、男のオレの裸エプロンなんてひたすらキモいだけだろ。 一瞬想像して、うぇってなる。 でも、暗かった気持ちが笑ってもらえることで軽くなっていく気がした。 「あ」 そして、せっかく千が断ってくれた肉じゃがをオレが受け取ってしまったことを思いだして青ざめる。 「ん?まだなにかあった?」 「や、なんでも…」 「縛る?」 「ありました」 雅人さん段々オレにまで厳しくなってない? あの純也を手懐けた強者なだけあるなと、諦めて口を開いた。 「ははぁ。連絡先交換と肉じゃがねぇ。連絡先が厄介だなー」 雅人さんが半笑いで椅子をキィと揺らす。 「まぁまだ22の女の子だしねぇ。学生気分が抜けないのかな」 腕時計をちらっと見ながら雅人さんが呟いた。 オレからしたら22って先生として見てるのもあるからか十分大人に思えるけど、雅人さんからしたらそうじゃないらしい。 「22なんて子供だよー。ぜんっぜん子供。しかもまだ社会に出てないみたいだし学生とかわんないよ。 だからまだまだ仕事とか実習の大切さとかピンと来てないというか、遊びたい盛りなんだろうね」 椅子を反転させながら立ち上がると、んーっと手を上にあげて体を伸ばした。 そういえばそろそろ昼休みも終わる。 「そんな相手さ、俺らからしたら対象にはならないんだよね。特に千くんのめんどくさがりの性格なら浮気するにしてももっと割りきった大人を選ぶと思わない?」 わからないじゃん。 だってオレと付き合うくらいだよ。 オレもかなり面倒なやつだし、七海先生より子供だし。 そんなこと言い出したら、キリがないけど。 結局、オレが自分に自身がないから、強くなれなくて千に心配ばかりかけてしまってる。 わかってるのに成長できない自分が歯がゆい。 「ルリくんはさ、いつも角がたたないようにってうまくやろうとするけど、そんな大人っぽいことしなくていいんだよ。 肉じゃがなんていらねーよバーカって突っ返して、誰がお前の味方になるかー!って言ってやったらよかったんだよ。 ひどい言葉に傷付けられて、不安な気持ち押し込めるなんて、社会に出て職場で覚えたらいいの、そんなもの。 千くんは大人なんだから、こわいよー、不安だよーっていっぱい甘えて頼ってあげなさい。 今回みたいに一番大事なルリくんに勘違いされて逃げられるなんて不憫だよ」 ……わからない。 それって千の迷惑にならない?そんなことしてめんどくさいって嫌われない? なにも言えず俯いてると、雅人さんの長い指がオレの髪を撫でた。 「素直に守らせてあげなさいよ、強がりさん。困らせてくれて大に結構ですよ大人サイドは」 綺麗な顔が間近で優しく微笑む。 心が、ぎゅっと丈夫になる気がした。

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