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四方八方

今日の掃除場所は体育館倉庫。 新設校とは言え、さすが男子校。 新品のマットやバレーネットは乱雑に置かれていた。 「………今日は力仕事が多そうだね」 奥の無理矢理色んな物を押し込めたような塊を見てシンヤが怖じ気づいたように苦笑いを浮かべた。 絶対今日中になんて終わるはずがないんだから取り合えずやれるところまでやるしかない。 「シンヤ、オレが奥やるから、こっちお願い」 「なに言ってんの。あの塊が雪崩起こしたらルリなんてプチってなっちゃう。二人で奥からやろう。重たいのとか上のは俺がやるから」 「はは、プチってなんの音だよ」 まだシンヤ二人っきりと言うのは体が震えてしまい、隠すように笑う。 早く30分過ぎないかな。 「取り合えず簡単なやつから片付けていこう」 散らばったフラフープを拾いながら言うとシンヤも頷いて乱雑に置かれたマットをたたみ始めた。 場所をとる跳び箱が邪魔で何回かに分けて隅に移動させながら、日本の体育ってつくづく特殊だなって思う。 縄跳びとか、跳び箱とか。あと、小学生で習うらしい竹馬とか。 「ルーリ、ちょっとこのでかいマット動かすの手伝って」 ハイジャンとかに使う高さのあるマットを押しながら言うシンヤに返事をして近づく。 「あ、うん。引けばいい?」 そう言いながら引いてみたけど、中々重くてスムーズに退かせられない。 「こっち側で二人で押そうよ」 「りょーかい」 反対側にいるシンヤの元に駆け寄ると、足元に散らばった縄跳びに気が付かず足を引っ掛けてしまった。 「わっ」 「ルリっ!」 グラッと視界が反転してマットにトスっとしりもちをつく。 その上から、とっさに手を伸ばしたシンヤが覆い被さって来て、ぞわっと全身が寒気立った。 「わ、ごめ……っ」 「、っ」 情けなくもビクッと体が揺れてしまい、反射的にシンヤの体を拒絶するように押してしまった。 「っルリ……」 シンヤが小さく息を呑むのが聞こえ、ハッとする。 咄嗟とは言え、庇おうとしてくれた相手にいくらなんでも失礼だと顔をあげた。 「あ、ごめ……」 謝ろうとした言葉は抱き締められたことで止まってしまう。 ぎゅっと力強く抱き寄せられて頭が一瞬真っ白になった。 そして、次の瞬間、あのときの感覚が戻ったように全身に鳥肌がたって体が震えた。 「っ放して!!」 何してんのこいつ。 思いっきり胸を押したけど、さらに腕に力を込められた。 「大丈夫……なにもしないから、落ち着いて」 「いやだ!放せ!!」 「ルリ!」 力付くで離れようと暴れると、パチンと乾いた音が響いて顔に衝撃が走る。 大して痛くはないけど、叩かれた頬を信じられない気持ちで押さえながらシンヤを見上げた。 「ルリ……落ち着いて?怖くないから……もう、あんなことしない。大丈夫だよ……」 シンヤの優しい表情は少し悲しげで、それなのにまた抱き寄せてくる腕は強くてなんとも言えないねっとりとした気持ち悪さが込み上げた。 「落ち着いた?」 黙りこんだオレの頬をするっと撫でて優しく微笑む。 とにかく早く離れたくてコクコクと頷くと、首に顔を埋められた。 「まだ震えてるじゃん。これから、まだ居残りあるんだし、少し慣れるまでこうしてようよ。……ルリ、いい匂いだね」 「………オレ、シンヤと仲良く出来ないってば………放して……」 「お願い。もう少しこうさせて。本当に好きだったんだよ。あの時は傷付けちゃったけど、大切にしたかった」 ………なに。 なんで、こんなに話が噛み合わないの。 首にかかる息が、気持ち悪くて仕方なかった。 「早く……掃除しよう……。先生来ちゃう」 肩を押し返すと、仕方無さそうにシンヤが体を起こす。 それから名残惜しそうにオレをじっと見つめてまた髪を撫でてきた手をパシッと振り払った。 「……さっきから何のつもり。さわらないでもらっていい?」 「そうだね。明日もあるし時間を掛けて慣れような」 「……早く掃除しよう」 やっぱり噛み合わない。 もう顔をそらして、会話をやめた。 それからやたらと触ろうとしてくるシンヤとの空間はさっきよりずっと怖く、常に距離を取ることを考えて作業を淡々と続ける。 30分たつとやってきたゴリラ先生に半分くらい終わった成果を見せて、今日は解散した。 シンヤがなにか言おうとしてたのはわかったけど、急いでるからと言って早足にその場を離れた。 本当はすぐにでも千に泣き付きたかったけど、バイトの時間が迫っていてそっちに向かいながら電話することにした。 「もしもし?居残り終わったのか?」 電話が繋がって、聞こえてきた低くて甘い声に、張り詰めていた気持ちが緩むようだった。 何かをされたわけじゃない。 叩かれたことだって全然痛くなかったけど、ただ怖かった。 情けないけど、とにかく怖かったんだ。 「うん。終わったー。今ね、バイトに向かってる」 「……リチェール、なんかあっただろ」 「なんでー?」 「声、震えてる」 なんですぐ千は分かっちゃうんだろう。 やっぱり会いたい。 一分でいいから会ってぎゅーってしてほしい。 「千、今日帰ったら話すこといっぱいだねー」 無理矢理笑って明るく言う。 本当に涙がこぼれてしまいそうだった。 「秋元に何かされたのか?」 「ううん。なにもされてない。 されてないけど、オレがコケちゃってシンヤにくっついちゃったから、モヤモヤしてて。ごめんね、それだけなんだけどね」 「……ふぅん」 「千の声聞いたら落ち着いたー。ごめんね、仕事中に電話しちゃって。お仕事頑張ってね」 「次からコケるなよ。俺以外のやつに引っ付くな」 わざとじゃないの、わかってるくせに少し子供っぽいこと言う千に胸がきゅっと締め付けられる。 早く会いたい。 「うん。気を付けるね。じゃあ行ってきます」 声を努めて明るくして電話を切ると、気持ちを落ち着かせるようにフーッと息をついた。

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