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四方八方
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バイトが終わって、急いで家に向かう。
放課後よりかは少し気持ちも落ち着いたけど、早く千に会いたかった。
「ただいまっ!」
オートロックのドアを閉めると、靴も整えないでリビングに走ってお風呂上がりで髪を濡らしたまま上半身何も着てなかった千に飛び付いた。
「体冷てーよリチェール」
クスクス笑って頭を撫でてくれる千にぐりぐり顔をすり付ける。
声も、匂いも全部に心が癒されるようだった。
今日は本当に本当に色々あって疲れた。
「ほら、お前一回引っ付くと離れないんだから先に風呂入ってこい」
「残念。もう手遅れでしたー。
千、オレともっかいお風呂はいろ?」
「……はいはい」
こんなわがままを二つ返事で了承され、顔が緩んでしまう。
嫌なことが朝から立て続けにあったのに、こんなに簡単に吹き飛ばしてくれる千ってすごい。
「あ、待って。先にこれ冷蔵庫に入れとくねー」
肉じゃがの入った紙袋を取り出すと、千がピクッと眉をしかめた。
雅人さんから多分もう聞いてるよね。
「今冬だし、バイト中も冷蔵庫に入れといたから大丈夫だよー。あとで一緒に食べようねー」
「変なもん受け取ってきやがって。なに訳のわかんねーこと吹き込まれて暴走してんの」
いや、本当そうだよね。
どうして千を信じれなかったんだろう。
「ごめんねー。千、せっかく断ってくれてたのに。ね、早くお風呂いこ?」
「本当に反省してんの?リチェールは俺の気持ち疑いすぎ」
「ごめんなさいってばー」
千の肌に早く抱き付きたくて、手を引いて浴室に向かった。
シンヤに抱き締められた時の首にかかった息が、いつまでも残って気持ち悪くて、千に触れてほしかった。
熱中症で朦朧とする意識の中、押さえ付けられて無理矢理挿れられた痛みまで体は昨日のことのように覚えていた。
体を洗って、湯船でぴったり千にくっつく時間が大好き。
肌と肌がふれ合うと、それだけで忌々しい記憶は薄れ、安心感が広がる。
「で。七海のことは佐倉から大体聞いたからいいけど。秋元と放課後何があった?」
「え、七海先生の話からしようよ」
「ダメ。まず秋元と何があったか一から十まで包み隠さず言え」
オレからしたら七海先生の方が早く解決したい問題なのに、千は違うらしい。
仕方なく、今日転んじゃった所から話し始めた。
「………でね、シンヤがオレを庇おうとしたのは分かったんだけど、ぞわーってして全力で嫌がっちゃって、暴れるオレを落ち着けって意味で軽く頬ぶたれてね」
「……へぇ」
千の声が低くなったから慌てて、全然痛くなかったけどね!と心配をかけすぎないようにフォローした。
千の足の間に体を入れて、背中を預けてる状態だから、千の表情は見えなくて、なにも言わないから不安になって顔をあげると、後ろからぎゅっと抱き寄せられた。
「リチェールは厄介なのに目つけられすぎだろ」
「んっ」
浴室に千の色気のある声が響いて首に舌を落とされびくっと体が揺れた。
「あぅっ」
むかつく。と耳元で小さく舌打ちされて、耳たぶに歯をたてられ、甘い痛みが走る。
噛まれることも,肌に触れることも他の人にさせる行為とまるで違う。
ぞくぞくっと体が震えて、オレを包む千の腕に両手を乗せた。
「千……もっと………」
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