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四方八方

_______ 「千、朝だよー。おきてー」 しゃっとカーテンの開く音がして、朝日が差し込む。 眩しさの中、うっすら目を開けるといつも通りリチェールが穏やかに微笑んだ。 「おはよう、千。今日もかっこいいね」 ちゅっと額にキスを落とされ、すぐ離れようとするリチェールを抱き寄せてベットの中に引きずり込んだ。 「な、ななななに………!?」 「おはよう、リチェール。今日も可愛いな」 「……………っ!」 自分はサムい台詞簡単に吐く癖にちょっとやり返しただけでりんごのように真っ赤になるリチェールに思わず笑いがこぼれる。 「ふは、真っ赤」 「不意打ちずるいよ〜」 隠れるように、俺の胸に抱き付いてぐりぐり顔を押し付けてくる。 その背中を抱き締めて、髪から漂うリチェールの甘い匂いにまたうとうとしだすと思い出したように顔をあげた。 「寝ちゃダメ!千おはよー。朝ですよー」 何度か揺すられてようやく起きると、いつものように顔を洗って歯を磨いて、スーツに着替える。 いつもと違うのは、ならぶ朝食に肉じゃがが置かれてることだ。 しかもそれに合わせて、味噌汁、だし巻き玉子と和食を作っていた。 「捨てればいいものを……」 きちんとタッパーから皿に移してるリチェールに呆れて目を向けると、困ったように笑う。   「女性からもらったものを捨てちゃダメ。美味しそうだよー?」 そもそも女から貰う手料理にはいいイメージがない。 恋のまじないかなにか知らないけど、髪やら爪やら、何かの尻尾やら入れられていたり、変なものを盛られていたりと昔から俺に好意を寄せるやつの手料理はどうにも苦手で普段なら絶対食わない。 「リチェールが作ったものだけ食っていいか?」 「そんな気を使わないで千。味見したけど美味しかったよ?オレも頑張ってつくれるようになるね」 「ならなくていいっての。他人が作った何が入ってるか知らない肉じゃがなんてやっぱ食えねぇわ」 「えー?オレのは付き合う前から食べてくれてたじゃん」 「お前は好き好き言いながらも俺と付き合う気ゼロだっただろ」 だからだよ。と言ってもリチェールはよくわからないと言うように首をかしげた。 結局俺は小さいジャガイモをひとつだけ食べて後はリチェールが作ったものを完食して箸を置いた。 「タッパー、洗ってあるから七海先生に返しといてねー。ありがとうってちゃんと言うんだよ?あと昨日バイト行く前にバイトの近くの洋菓子屋さんで焼き菓子セット買っておいたからそれを渡しといてー」 「お前な。向こうは好きでやってんだからお返しなんていらねーよ。受け入れたと思われるだろ」 「貰いっぱなしはよくないよー」 困ったように笑うリチェールに、少し呆れる。 俺を立てるためにしてるのはわかるし、日本の模範的な良妻なんだろうけど、もう少しわがままでいい。 「あ、そうだ」 思い出したように皿を洗いながら話しかけてくるリチェールに顔をあげる。 「今週末、純ちゃんと二人でプチ旅行行って来ていいー?」 わがままでいいとは思ったけど、それは。 「危ないからダメ」 断られるとは思っても見なかったのか、分かりやすくショックを受けた顔でリチェールが固まる。 「なんでー!?」 「危ないから」 「オレだよ?純ちゃん一人で行くわけじゃないよ?オレも一緒だよ?」 オレだよと連呼するリチェールにむしろなんで自分にそんなに自信があるかわからない。 少し目を離すと盛り沢山の問題を抱えて歩き回ってるようなやつが、許してもらえるはずないだろ。 「日本に一人できたし、なんなら8歳辺りからもうずっとほぼ一人暮らししてるんだよー。危なくないよー?」 「だーめ。お前と原野の二人なんて不安要素しかねぇよ」 「オレ、親にすらどっか泊まったりするの連絡したことないよ?」 だから断られるなんて微塵も思ってなかったとリチェールが分かりやすく落ち込む。 「せめて春休みまで待てよ。そしたら俺と佐倉で沖縄だろうが北海道だろうが連れてってやるから」 「や………オレはいいんだけど、純ちゃんがかなり楽しみにしてたから、納得するかな……」 「どうせあっちも佐倉に断られるだろ」 俺よりよっぽど束縛したがるやつだし、話すら聞かないでダメだと瞬殺されてるだろう。 ______________ 「おはよう、千くん。バカチビ共の馬鹿げた旅行計画聞いた?」 朝から爽やかな笑顔でバカを二回もつけて毒を吐く佐倉に、ほらな。と鼻で笑う。 「まさかバカみたいに許可出したりしてないよね?」 「断ったに決まってるだろ」 「だよね!そもそもあんなに目を引く容姿してて実際危ない目に合ってるのに危機感がないなんてあいつらおかしいよね。てか、ルリくんはまだいいよ。かわすの上手そうだし。でも純也のバカは絡んできた相手を睨むわ挑発するわでほんっとガキだからさ!」 苛立ちを吐き出すように早口で悪態をつく佐倉にこいつも苦労してるなと苦笑する。 断られてぎゃんぎゃん吠える原野も簡単に想像がついてなんか笑えた。

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