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四方八方

リチェールside 「雅人の野郎ムカつくー!!!!!はげろ!!はげてしまえー!!!」 誰もいない屋上で叫ぶ純ちゃんにこらこらと笑顔でたしなめる。 ほらね、やっぱり純ちゃんは納得しない。 「ごめんね、純ちゃん。オレが軽率に提案したばっかりにがっかりさせちゃったね」 「いや!悪いのはあのハゲ共だろ!旅行くらい行かせろっつーの!俺達高校生だぜ!?」 「うちの世界一かっこいい旦那様にハゲって言わないでー」 「うるせぇ!色ボケウサギが!」 「なにそれ可愛い」 「悪口だよっ!」 むきー!といつまでも怒る純ちゃんはよっぽど楽しみにしていたらしく、それをダメの一言で片付けられたのがよっぽどショックだったらしい。 「まぁまぁ。春休みは遠くにつれてってくれるって言ってたし、楽しみを少し先伸ばしにしただけだよー」 「俺はルリと二人で行きたかったの!」 「やだかわいい。ちゅーしていい?」 「だめっ!」 まぁ、冗談だけど。 本気で悔しがる純ちゃんが微笑ましい。 なんか純ちゃんを見てると、心が穏やかでいられる。 _______でもそんな穏やかさは放課後まで。 「ルリ、掃除いこう」 ホームルームが終わった瞬間、やってくるシンヤにオレと話してたゆーいちが不快そうに眉をしかめる。 事情は前に話したけど、なんで出し抜かれたオレまで掃除しなきゃいけないんだって怒ってゴリラのところに乗り込もうとしたのを、ゆーいちの評価が悪くなるからやめてと何度も止めてやっと納得してもらった。 「随分掃除が楽しそうだな信也。ルリはかなり嫌みたいだけど」 「まぁね。仲良くやってるよ」 「仲良く……?なめてんの?」 同じ部活で、スタメンらしいのに険悪な雰囲気の二人に割って入る。 「はい、掃除いこー。ゆーいち、終わったら連絡するからいつもありがとうね」 ぶすっと純ちゃんみたいな顔をするゆーいちに笑いかけると、シンヤの背中を押して教室を後にした。 どうせあと数日の我慢だと自分に言い聞かせて、笑顔を保った。 ゆーいちは初日ついてくると言っていたけど、ゴリラ先生に見られたら居残り掃除が延長されちゃうかもしれないし、30分たつとゴリラ先生が様子見に来るから大丈夫だよと、なんとか断った。 それなのに。 「俺は今日予定あるから先に帰るけど、サボるなよ!明日の朝どこまで掃除が進んだかチェックするからな!30分たったら帰るように!」 集合した体育館倉庫で告げられた内容に衝撃を受ける。 こちらがなにか言うより先に、さっさと帰ってしまった。 「あいつが最近彼女できたって噂、あながちデマじゃないかもね」 でかい背中を見送りながらどうでもいい情報を呟くシンヤから一歩さりげなく離れる。 昨日のことは事故だったにしても、どうしても体が強張ってしまう。 「さ、掃除始めよっか」   振り返ってにこっと、笑いかけてくるシンヤにオレも辛うじて笑顔を返した。 ……大丈夫。あの夏の日、あんな状況からでも最後までされる前に状況をひっくり返せたし。 オレの方が絶対喧嘩は強いんだから。 怖がるそぶりを見せて昨日のように乱暴に抱き締められることが嫌だった。 「あのさ……シンヤ、帰っていいよー?オレ一時間くらい残って一人でやっとくしー」 今日はバーの定休日でバイトも休みだから、そう提案するとあからさまにシンヤの表情が不機嫌になる。 「は?なんで?」 「ほらシンヤ、バスケ部のエースでしょ?部活大丈夫かなぁって」 同級生の男子が不機嫌だからって機嫌をとるように笑う自分が情けない。 だって、話が通じる奴じゃないし。 「バカなこと言ってないで早く掃除しよ」 「あ、じゃあ、ちょっとだけ電話してきていい?」 もうゆーいちか純ちゃんを呼ぼう。 先生が帰ったなら呼べるし、それならちょうどいい。 この前や昨日のことを思うとシンヤは突然キレるし、こんな人気のないところで二人っきりなんて息が詰まりそう。 「ルリさぁそんな風にビクビクするなよ!仲良くやりたいって言ってんだろ! なんなんだよさっきから!」 取り出したオレのスマホを突然叩き落として、シンヤが怒鳴った。 びくっと一瞬震えてしまった体がどうしようもなく情けない。 「ど、怒鳴るなよ………」 ビクビクそういうと、シンヤが苦虫を噛んだような顔で目をそらして、深くため息をついた。         「………ごめん。でもあんまり俺を怒らせないで。本当、ルリのこと大切にしたいんだって」 この昨日から言われてる台詞になんとも言えない怖さを感じる。 オレ、もう仲良くは出来ないってはっきり言ったよね?   「………大切になんてしてくれなくていい……だからそんな風にピリピリしないでよ……オレはどうせもうシンヤとはこの掃除が終わったらまた喋らなくなるよ。 いつか、仲直りするとしても、それはずっとずっと先のことで今じゃない……」 ぽつぽつ喋ると、顔をあげたシンヤの目は鋭く睨んできて言葉を飲んだ。 突然、シンヤの手に胸ぐらを掴まれて乱暴にマットに投げられた。 組み敷かれた状況に、あの日がそのまま再現されたような息苦しさを感じる。 押し寄せてくる恐怖の中、必死に頭を回転させた。 とにかくこの場からなんとしても逃げ出さなきゃ。 どうやって? 一度押さえつけられたら、力では絶対勝てない。 それでも、どうしてもプライドが邪魔して媚びるような真似はできなくて、強気に睨む。 「情緒不安定すぎだろ。ガキかよ」 憎たらしそうにオレを見下ろして、シンヤは口元に歪んだ笑みを浮かべた。 「怯えてるの?子猫が威嚇してるみたいでかわいいね。今の暴言許してあげるからおあいこにしない?」 シンヤはうっすら笑いを浮かべてじっとオレの顔を覗きこんできた。 その品定めするような視線が気持ち悪く、ただ睨むしかできなかった。 「本当、可愛い顔してるよね。 いつもニコニコしてる顔も好きだけど、怒った顔もかわいい。でもやっぱりあの日の顔が一番よかったかな」 ごく、とシンヤの喉が鳴る。   「感じながら怯えてる顔。 ……俺あの日も言ったよね?大切にしたいって。でも壊してやりたいって。 どっちも本心なんだよ。でもルリは大切にさせてくれないから、仕方ないよね?」 そう言って、一瞬苦しそうに微笑んだシンヤは噛み付くようなキスをした。 「────っ!」 ぞわっと全身に鳥肌がだって、いくつもの記憶が同時にフラッシュバックする。 無理矢理犯されることなんて、何度もあるのに、どうして慣れないのだろう。 いっそ、慣れてしまえばこんな時に震えて動けなくなることもないのに。 実際、なんとも思わなくなった時期だってあったのに。 "お前は俺のだろ" オレを弱くした愛しい人の声が頭に遮り、胸が切られるように痛んだ。 「……ってぇ!」 ガリっとシンヤの唇に歯をたてると、一瞬怯んだ隙に、渾身の力でシンヤを蹴り飛ばし、そのまま無我夢中で倉庫を飛び出した。

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