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四方八方
リチェールside
目の前で叫ばれて、七海先生が何をしたいのか分かったけれど動けずにいた。
シンヤからキスされて、無我夢中で怖くて逃げてきたら保健室には半裸の七海先生がいて、そこから頭がフリーズしてしまった。
千と七海先生がここでしたの………?
目の前が真っ暗になるような感覚に、立っていることで精一杯。
「だれかぁーーーっ!!!!助けてぇーーーー!!!」
目の前で叫び続ける七海先生を前に呆然としていると、勢いよくドアが開いた。
「どうしました!?大丈…………っ」
来たのは、帰ったはずのゴリラ先生。
オレと七海先生を交互に見比べて固まった。
その困惑した顔は見る見る怒りで赤くなる。
「お、俺の女に……何したんだ!!!!」
拳を握られ、殴られると思った時にはガツンと頬に衝撃が走り、壁に体を打ち付けられた。
力が入らなくて、ずるっとそのまま床に崩れるとまた胸ぐらを掴みあげられ憎たらしそうに先生が睨んでくる。
「や、やめてください!久瀬先生!わ、私は大丈夫ですから………っ」
ボロボロと泣き崩れる七海先生に、ゴリラ先生が辛そうに抱き寄せて着ていたジャージを肩からかける姿に、まるでドラマのワンシーンのようだとぼんやり思う。
口の中に血の味が広がり、じんじんと頬が痛んだ。
震える七海先生を優しく支えながらオレをキツく睨むゴリラ先生をなんの感情もなく見ていた。
誰に助けを求めていいのかもわからない。
「………どんな状況だよ………」
オレを追いかけてきたであろうシンヤが入って困惑したような表情を浮かべた。
それでも、オレを支えようと手を伸ばしてくる。
「なにがあったのこの短時間で………ルリ、血出てるし。大丈夫?」
あんなに怖くて仕方なかったシンヤのことをなんとも思わない。
まるで感情が固まったようだった。
千、七海先生としたの?
やっぱり女の人の方がよかったの?
そのことばかりが頭の中でぐるぐると回っていた。
騒ぎを聞き付けてやって来たギャラリーをかき分けて雅人さんと千が二人で一緒に来て、この光景に息を飲む。
「お前なんでここに……」
千と目が合って、時が一瞬止まった。
「………っ」
そして、固まっていた色んな気持ちが一気にあふれて気が付けば、涙がこぼれた。
もう、ツラい。色々と。
この場から逃げ出したいのに、どこに向かって逃げていいのかわからない。
今は千の顔すら見たくない。
胸が押しつぶされるように痛んで、言葉が出なかった。
泣き出したオレに一同がざわつく。
お前が泣く所じゃないだろという視線が刺さったけれど涙が止まらなかった。
「なにお前が泣いてんだ!」
「久瀬先生、話も聞かずに軽率な行動がすぎますよ」
乱暴な足取りで近付こうとしてくるゴリラ先生の前に千が立ってくれたのが視界の隅で見たけれど、それすら何の行動なのかもうよくわからない。
「リチェール、口切ってる。濯いでこい」
「やだ!」
オレに伸ばした千の手を思わず払って身を一歩引いた。
七海先生のこと聞きたいのに、聞きたくない。
もうオレがしたってことでいいから一人になりたかった。
雅人さんが、人だかりを追い払って保健室に鍵を閉めて中には、校長を入れた7人になった。
「では、状況をそれぞれ話していただけますか」
校長からのその一言に一番先に声をあげたのは七海先生だった。
涙ながらに乱暴に押さえられて服を脱がされ必死に抵抗したという姿は痛々しく、とても演技には見えなかった。
その話を呆然と聞いてると、「反省してんのかクソ野郎!」とまた怒ったゴリラ先生に体を押されて床に倒れこむ。
「あの、こいつの身元預かってるの俺なんでやめてもらっていいですか」
千が凄むような低い声でゴリラ先生を睨み、体を支えてくれて、それがどうしようもなく苦しい。
その手であの人を抱いたの?
そっとその腕から抜け出して、大丈夫だとしっかり立ち上がって見せた。
雅人さんや校長がゴリラ先生を批難する声が飛び交い、話はまたもとに戻る。
ここでオレがしたってことにしたら、いっそ楽なのに、オレの保護者になってくれてる千に迷惑がかかる。
その気持ちだけでなんとか立っていられた。
「久瀬先生、冷静に話が聞けないなら退室していただけますか?」
厳しい校長の一言にやっと黙ったゴリラ先生は憎々しそうにオレを睨んだ。
そのゴリラをからオレをかばうように立ってくれる千の背中をなんとも言えない気持ちになる。
「……ルリやってないですよ。てか久瀬先生が居残り掃除させたんじゃないですか。この騒ぎのほんの5分前まで俺と体育倉庫にいたし、体調悪いって抜け出してすぐ俺もすぐ追いかけてきたのにどこでそんなことする時間があるんですか?」
「私が嘘ついてるっていうの!?ひどい!怖かったのに!」
少し落ち着いた室内で、シンヤがそういうと泣きながら喚き散らす七海先生の声がひどく耳障りだった。
「この騒ぎがあるほんの少し前に私も保健室にいました」
そう言う千の言葉にドクンと体が震える。
それ、認めるんだ。
オレが入った時には七海先生は裸で、その少し前に千がいた。
何をしていたかなんて、説明されなくてもわかる。
「そのときの話を月城先生から聞いてるところでした。ここでは言えない内容ですが、月城先生から聞いた話からすると、とても私のクラスの生徒が七海先生に手を出したとは思えないんですが」
「俺の女が嘘をついてるって言うのか!?」
「久瀬先生!いい加減になさい!」
カッとしたように怒るゴリラを、校長が一喝して、また静寂が戻る。
「ここでは出来ない話とは?」
そう尋ねられ千が校長だけに聞こえるよう耳打ちをしてその内容は聞こえないけれど、あからさまに校長の目が厳しくなった。
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