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四方八方

クラッと視界が歪んで気が付いたら床に膝をついていた。 「リチェール!」 ざわっとした中でも一番に千が駆け寄ってくれた。 それなのにいつも感じる安心感はそこにはなくて、支えてくれる腕を拒絶するように払ってしまう。 「………もうやだ…………一人にしてください………あとで、ちゃんと話しますから………」 ボロボロ溢れる涙に遮られながらも必死に言葉を言う。 誰かに助けてほしいのに、誰にも頼れなくてとにかく一人になりたかった。 「はぁ!?こんなことしといてなめてんのか!!!」 「久瀬先生!退室しなさい!」 ぎゃーぎゃー騒がしくなる室内から、走って逃げ出したいのに立ち上がることすらかなわなくて込み上げてくる気持ち悪さに手で口元を押さえた。 「あの、ルリはまじでなんもするはずないですよ。だってルリ、俺と付き合ってるし、女の抱き方なんて知らないですよ」 そのシンヤの言葉と共に顔を持ち上げられ、気が付くと口付けされていた。 「ん………っ」 とっさに身を引こうとしたけれど、後頭部を押さえられ、くちゅ、と舌を絡めとられる。 「……………おい」 千の低い声と共に体を引き剥がされ、なにが起きたのかわからないまま、また千の腕におさまっていた。 「なんならここでセックスして見せてもいいですけど?こいつが男でしか感じられないとこ、見ます?」 「わ、わかった!君たちが深い仲なのはわかったからやめなさい!」 校長の焦った声にシンヤがくすっと笑う。 「とにかく、俺のかわいい彼女に変ないちゃもんつけないでくださいよ。 そもそもルリ、体調悪くてここに来たのにこんなことに巻き込まれて……病院つれてくんで、もう俺ら生徒は帰っていいですか?明日またなにか聞きたいことがあるなら話しますよ」 「そ、そうだね。生徒には帰ってもらって、ここにいる教員は残ってください」 焦る校長の声をラジオを聞いているように聞き流していた。 なんだっていい。 千と七海先生が体を重ねたこの部屋から出られるのなら。 「リチェールの身を日本で預かってるのは私です。校長、今日は倒れるくらい体調悪いようなので、私が連れて帰らせていただいていいですか?」 纏まりかけた話を千が遮る。 他の教員や校長がいるからか、落ち着いた口調の千からは感情が読み取れなくて、それでもオレをシンヤから守ろうとしてくれてるのだと思う。 でも、千の気持ちが、全然わからない。 「一人に、して……」 小さく呟いた声は千にだけ届いたらしく、オレを包む腕にぎゅっと力が入る。 千の腕のなかにいるのに、積もるのは虚しさばかりだ。 「月城先生から今あった話は私が詳しく聞いたんでそれで事足りると思います。 生徒は血も出してますし、今立ってられないところを見ると、殴られた時に頭をぶつけたのでは? 私も月城先生に車ですぐに病院に向かってもらうことに賛成です」 相変わらず援護が上手な雅人さんは鋭くゴリラ先生を睨んで、まるで責めてるように見える。 殴られたことなんて、今一番どうでもいいことなのに。 「では月城先生、生徒の怪我やメンタルケアは頼みます。話を聞くのは落ち着いてからでいいので。下がっていいですよ」 するすると話が進んでいくなか、シンヤと一瞬目が合う。 「ルリ、ついてあげれなくてごめんね。今度保護者なしでまた話そう」 優しく穏やかな笑みは、冷たくも見えてなんとも言えない怖さが体を包んだ。 千はそれに対してなにも言わず、校長に失礼しますとだけ言って、オレを抱き上げて保健室をあとにした。 「大丈夫だから、おろして」 保健室から数メートル離れて、小さくそう言うと千が静かに冷たい目を向けてきた。 「一人になりたい……」 今思う気持ちをそのまま言葉にしていた。

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