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四方八方
しばらく千の胸で泣いて少し落ち着くと、家に向かった。
もう歩けるのに、抱き上げてくれる千に甘えてなにも言わず身を委ねた。
「腫れてるな。ムカつく。なに殴られてんだよ」
切れた口を手当てして、殴られた方の頬っぺたが冷えピタ包まれた。
「顔が小さいからやりにくい。痛いか?」
「大丈夫……正直殴られたこと忘れてた……」
「お前さ、俺のことで不安になると自分のこと全部どうでもよくなるのやめろ。
俺のことに対する不安はしても、無駄でしかねぇんだから」
呆れたようにため息をついて、千が冷えピタの上から頬を撫でる。
その手にいつも自分から擦り寄っては甘えるのが好きだった。
「うん……あんなところで泣いて困らせたよね。ごめんね」
みっともないと思う。もう高校生にもなる男が人前で泣くなんて。
「困らせるのはいい。ただそうだな。俺以外に泣き顔見せるのはもうやめろよ」
「恥かかせてごめんなさい」
「じゃなくて。リチェールの泣き顔可愛いくてエロいから誰にも見せたくない」
「……っそんなわけ」
ないでしょ。と言いたいのに恥ずかしすぎて言葉にならず赤い顔を隠すように、俯いた。
「そういう赤い顔も誰にも見せんなよ」
ただでさえ恥ずかしくて死にそうなのに、優しくてベットに押し倒され綺麗な顔に覗きこまれて余計に顔が赤くなる。
「千………オレのこと好き?」
「愛してる」
問えばまっすぐ返ってくる答えに、また泣きそうになる。
「お、オレの方が愛してる……っ」
「はいはい」
また泣いてしまったオレを千がどうしようもないと言うように、ふはって笑って指で涙を拭ってくれた。
それから、今日あったことを体育倉庫のところから順番にゆっくり話す間、千はずっと優しくて抱き締めて背中を撫でてくれていた。
「秋元調子乗ってるな……」
オレの話を聞き終わって千が不機嫌そうに呟く。
「オレは七海先生の方がやだな……。千、触られちゃだめ」
「リチェールも、もう秋元に近付くなよ?掃除もいかなくていい」
「でも……」
「ダメ。もう行かせるわけねぇだろ」
ベットの中でくっつきながら、髪を撫でてくれる千の胸に顔を埋める。
一人なってたら、たぶん不安に押し潰されてた。
やっぱり千は、すごい。
「千、わがまま言っていい……?」
「ん」
「明日だけ学校ずる休みしたいな」
まだ七海先生と戦うのは気が引けた。
少しだけ、休憩したい。
「明日はどっちみち休ませるつもりだったよ。俺も居てやろうか?」
「それはだめ」
どこまでも優しい千に焦って拒否する。
いてくれたらたしかに安心するし心強いけど千はお仕事なんだから。
「じゃあ明日は家に一人で残すけど、外出禁止な」
「えっ、なんで?」
がばっと体を起こして千を見ると、手を引かれ千の上に倒れてまた抱き締められた。
「あれだけ離れたい。一人になりたいって泣かれたらさすがに俺も不安になるだろ」
キョトンと首をかしげる。
自信満々で、俺様の千が不安?
「なにが?不安なことあるの?」
「リチェールが離れていかねぇか」
「え、オレ!?離れるわけなくない!?」
ありえない!と声を張ると、千は不機嫌そうに歪んだ笑いを浮かべる。
「ほんっとお前調子いいよな。
言っとくけどいつも離れようとするのリチェールだからな」
………たしかに、千から別れ話を出されたことは一度もない。
記憶喪失の時も、イギリスの時も、カズマさんの時も、オレが勝手に不安になって暴走してるだけで。
「お前はもう俺のなんだよ。離れられると思うな」
うん、と言おうとした言葉は千の唇に塞がれ、そのまま涙がまた頬を濡らした。
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