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強さと弱さ

千side 意識を失ったリチェールの後処理をして、無垢な寝顔に残る痛々しい痣を撫でる。 普段はムカつくほど強がりのこいつが、人前で涙を流す姿を見て、こんなにいっぱいいっぱいだったことに気づけなかった自分に腹が立った。 リチェールが弱くなるのは、いつも俺絡みだ。 そんなに信用ないだろうか、俺は。 言葉でも態度でも表してるつもりだけど。 そんなこと言っては、きりがないんだろう。街ですれ違った女が顔を赤くして振り返るだけで不安そうにくっついてくるリチェールだから、こればかり時間をかけるしかない。 リチェールのことを負担だなんて思うはずないのに、すぐ迷惑かけたくないといって自分で何でも解決しようとするこいつは、ある程度自由にさせないと不安そうにしてしまうし、かといってちょっと目を放したらキャパオーバーになってるし、扱いにくいことこの上ない。 でも、リチェールの行動や考えの根本は俺への気持ちだと分かりやすく見てとれるから、そこは時間をかけて二人で関係を築けたらいいと思う。 昔から頼るやつなんて一人もいなかったリチェールに、俺のそばにいれば無条件で守ってもらえるという安心感を与えてやりたい。 リチェールはしたいようにすればいい。 まっすぐで優しいやつだから、無理さえしなければそれでいいと思う。 何があっても守ってやる。 だから、リチェール。 ちゃんと俺を頼れ。そう願ってリチェールの寝顔にキスを落とし寝室をそっと抜け出した。 コーヒーをいれると、タバコに火を着けてソファに腰かけた。 学校を出て、約三時間弱。 佐倉の携帯に電話をかけた。 「はいよー、千くん。ルリくんは落ち着いたかな?」 砕けた口調から今がもう学校ではないことを悟った。 「いつも悪いな佐倉」 「何いってんの。俺だってうちのばか猫のことで何回もお世話になってるしお互い様でしょ。 てかあの後昼ドラ見たいでやばかったよ。七海先生自爆していってた」 自爆?と聞き返すと、佐倉がそうそうと呆れたように笑う。 「あの後とりあえず七海先生着替えておいでーってなって、保健室を出たら5組の武田先生と、1年の学年主任の小倉先生が揉めててね。その内容が七海先生と付き合ってるのはどっちだって話しててさー」 佐倉の話すトーンは明るく、本当に楽に話が片付いたことを物語っていた。 「なんかこのたった数日で数人の男垂らしこんでたっぽいよ。まぁ本命は千くんだったみたいでそこへの協力者を作りたかったみたいだけど、よりにもよってちょっと優しくしたら勘違いしそうな人選んだのが凶とでたね」 そういえば、久瀬がアホみたいに俺の女とか叫んでたとき、白々しく泣き真似していた七海が困惑した表情をしていた。 そこから先の結末はなんとなく想像ついたけどとりあえず黙って聞く。 「そこからはまぁみっともない言い争い。で、信用を一気に無くした七海先生だけど、いたちの最後っ屁ってゆーか、ルリくんに襲われたって言い張ってたけど、そこはほら、千くんから聞いたあのありえない行動の話をして、終わり」 「すごいな……」 呆れて、物も言えない。 たしかに、頭弱そうな印象はあったけど。 てか、本来ならリチェールは頭もいいし、度胸もあるのに、こんな頭の弱い奴にここまで弱らされてたと思うとなんとも言えない気持ちになる。 俺はリチェールが弱点だけど、リチェールには俺を強みとして支えにしてほしい。 それも中々難しそうだと、内心ため息をついた。 「七海先生の実習は打ち切り。明日荷物まとめて帰ることになってるよー。 あと勘違いして殴っちゃった久瀬先生だけど、校長も人がいいよね。 久瀬先生も可哀想ではあるからって3ヶ月の減給と一週間の自宅謹慎で済むらしいよ」 「………へぇ」 俺のリチェールを殴っといてよくもまぁ。 久瀬が可哀想?バカだっただけだろ。 「てか、久瀬先生より秋元くんでしょ! 千くん目の前であんなことされちゃったけど、ルリくんは無事?俺の可愛い生徒でもあるんだからあんまりいじめないでよ? まぁ、純也がされてたらもう間違いなく、縛り上げて犯して監禁するけど」 本気とも冗談ともとれる佐倉の声に、こいつも黒いなと苦笑する。 「今回も助かった。悪かったな、佐倉」 「いえいえー。あのルリくんが泣いたんだもん。千くんは少しでも早く連れて帰ってあげるべきだったよー」 「今度飯おごる」 「ラッキー。じゃ、今度昼休みラーメンいこうよ。俺近くにおすすめあるからさー」 「チープだな」 「チャーシュー大盛りにして唐揚げつけるよ?」 「はいはい」 そんな他愛もない話をしてると、電話越しに佐倉を呼ぶ原野の声が聞こえた。 腹減った!と大声で不機嫌そうな声を出す原野に、佐倉がはいはいとクスクス笑う。 「忙しいとこ悪かったな。また明日詳しく聞かせてくれ」 「いえいえー。困ったことがあればいつでもどうぞ。また明日ね」 用件も済み、そう言って電話を切ると新しいタバコに火を着けて、色々あった今日一日を振り返りながら深く息をついた。

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