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強さと弱さ
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「月城先生……少しいいですか………」
出勤して一番に声をかけてきたのは、落ち込んだ様子の久瀬だった。
こいつ、自宅謹慎じゃねーのかよ。
「なんですか?」
色々思うところはあるけどとりあえず職場だし、ちらほらいる他の教員もの目もあるから笑って普通に返事を返す。
「書類をまとめに来ただけなのですぐ帰るんですが、月城先生には一言謝っておきたくて。
勘違いしていたとはいえ、預かってる大切なお子さんを殴ってしまい本当に申し訳ございませんでした」
ガバッと頭を下げる久瀬に、なんの感情も沸かず、冷たく目を向けた。
「本人に言ってください」
「あ………はい。あの、アンジェリーは………」
「休ませました。弱ってたので。
とはいえ、頭もぶつけてなかったですし、傷も軽傷でした」
「…………本当にすみませんでした」
苦虫を噛み潰したような顔で何度も謝る久瀬に、なんとも言えない気持ちになる。
リチェールの、こいつも被害者だという言葉は勿論わかる。
わかるけど、ここは職場でこいつは教師なんだからリチェールのこと抜きにしても同じ教育者としてどうかと思うし、やっぱりリチェールを殴られたことは腹が立つ。
「あの……これ、少ないんですが、アンジェリーの治療費に、当ててください」
久瀬が気まずそうにもじもじしながら茶封筒を取り出す。
その行動にも少しいらっとした。
「結構です。それより今回のことご自宅でよく考えてください。
私はあの場で生徒の話すら聞かず手を上げたことを、久瀬先生も被害者だからとは思えませんので」
「…………おっしゃる通りです」
「では、この話はもう終わりにしましょう。また謹慎があけたらよろしくお願いします」
「はい……失礼します」
にこやかに、でも冷たく早めに話を終わらせて自分の席に腰を下ろした。
あからさまに落ち込んだように小さく背中を丸めて離れていくでかい図体を横目に小さく息をついた。
リチェールがこの事を知ったら、ゴリラ先生に酷いことしないって言ったくせにーとか言ってくるだろうけど、これ位いいだろ。
相当我慢した方だ。
リチェールに、お願いされてなかったらなんとしても校長を丸め込んで田所のように移動させていた。
これだけ甘くしたら充分だろ。
職員会議が始まるにはまだ早く、一度保健室に行って昨日やり残した仕事をまとめようと席をたった。
ガラッと保健室のドアをスライドすると、バサバサっと書類が落ちる音がして、見るとそこには青ざめた顔の七海が立っていた。
そういえば佐倉が荷物をまとめにだけ来ると言っていた。
久瀬の次は七海かよ。内心うんざりする。
もう関わることもないし、会わないつもりだったけど、七海は泣きそうな顔で俺へ近付いてきた。
「月城先生……あの……私、本当にただ月城先生が好きだっただけなんです……」
「ああ、そう」
七海に関してはかける言葉はなにもない。
短く返事を返して背中を向けた。
そのまま保健室を出ようとすると、後ろから抱きつかれ、思わず疲れがため息としてこぼれてしまう。
リチェールに免じてやってるのに、久瀬といい七海といいなぜ神経を逆撫でしてくるのか。
「……好き………どうしても、私、月城先生がいいです……考え直してください」
謝られた所で許す気はなかったけど、そもそも謝る気はないらしい。
「手、放せ」
低い声でいうと、びくっと七海が驚いたように離れる。
振り返って薄く笑うと困惑した表情の七海を見下ろした。
七海のどうでもいい長い話にいつもそれとなく笑顔で返事をしてたのはあくまでここが職場だからで、七海が実習生だからだ。
そもそも言い寄ってくるしつこい女に俺はそんなに甘くない。
「お前があいつを泣かさなかったら、せめて最後まで演技貫いてやってもよかったんだけどな」
「………っなにそれ!男同士でしょ!?おかしいじゃん!」
気持ち悪い!と喚く七海を冷めた感情で見ていた。
下らない言い争いをするつもりはない。どうせ今日で七海はいなくなるし、信用を失った七海になにをどう言いふらされたって痛くも痒くもない。
挑発的なことを言われようと、どうでもよくまだ伸ばしてくる手から一歩下がって避けると、薄く笑った。
「実習、お疲れ」
それだけいうと、立ち尽くす七海を置いて入ったばかりの保健室を後にした。
そのまま自販機でコーヒーを2つ買って出たばかりの職員室に戻った。
「あ、千くんおはよー。ルリくん大丈夫だったー?」
「ああ。昨日は助かった。ほら」
今出勤したらしい佐倉がマフラーを外しながら笑いかけて来る。
返事をしながら買ったばかりの熱い缶コーヒーをひとつ手渡した。
「くれるの?ラッキー」
コーヒーを受けとると佐倉は少し手の中で缶を転がして手を暖めると缶を開けて口につけた。
「ルリくんは休みだよね?一人にしてよかったの?千くんも休んじゃえばいいのに」
「リチェールが休ませると思うか?」
「あはは。お利口さんだねぇ。ルリくんらしい」
最近は甘えるようにもなってきたけど、やっぱり仕事は仕事だときっちり線引きが出来るリチェールを心配もするけど誇らしくも思う。
「純也が俺も休む!って言って大変だったよ。一人にさせてあげなさいって二時間ぐらい説得して渋々登校してる。
あいつのルリくん依存症なんとかならないかねー?」
「お前よりリチェールのこと好きそうだよな、お宅のチビ」
「あ、ひど!気にしてるのにー」
冗談混じりの他愛もない話をする。
「ねーねー、秋本くんのことはどうするの?俺もなるべく気を付けて見るようにはするけど、あの子もかなりのルリくん依存症に見えたけど」
「リチェールも怯えてたし一人なることや、あいつと関わることは避けるだろうから、しばらくしてまたちょっかいだすようなら釘は刺しとくつもり」
リチェールに必要なのは危機管理能力だ。
あいつはなんでも自分一人でこなしてきたからか、自分は大丈夫だと過信してるところがある。
今は良くも悪くも少し落ち込んでるから、バカみたいに無防備に一人にはならないだろう。
「俺もこの間純也に手ぇ出そうとした三年の生徒がいてさぁ。いらっとしたけど、やっぱ生徒相手じゃなんか相手にできないんだよね。自分の立場とか関係なしに10も年下のガキだよ?なんか威嚇もできないっていうか………」
「相手に見えないよな。職業病だろ」
「そうそう!こんなガキ相手にむきにもなれねぇよ、みたいなね!」
わかるぅーと、女子のように相づちを打つ佐倉に渇いた笑いを返す。
これが最後だ。
リチェールに免じて許してやるのは。
さすがに殴りかかったりガキくさいことはしないけど、次、何かされようのもなら、大人げなく徹底的に攻撃してしまいそうで気持ちを落ち着かせようと深く息をついた。
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