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強さと弱さ

___________ 「つまりはアレだろ。俺だって男だから守られてばっかはやだ。これくらい自分でもけりつけてやるっていういつもの暴走だろ」 タバコの煙を天井に吐き出しながら俺の足を枕にぐったり横たわるリチェールに視線を落とした。 ムッとしたようにリチェールは俺を睨み上げるけど、何も言わず腰に抱きついてすりすりと顔を押し当ててくる。 「オレ今回ちゃんと自分で解決したのにっ」 「反省してねぇならもっかいするか?」 「今回も脳ミソ小指サイズのバカさ加減で本当にすみませんでした」 すぐに降伏リチェールに本当に反省してるのか疑いの目を向ける。 穏和で柔軟なのに、たまに意地っ張りで変なプライドのあるこいつと毎回同じような問題でぶつかってしまう。 タバコを灰皿に揉み消し、不満そうなリチェールを抱き上げて自分の上に座らせると、優しく頭を胸にもたれさせた。 「リチェール。俺はお前のこと強いと思ってるし、賢いとも思ってる。信用だってしてる。お前に黙って守られていてほしいっていうのは俺のわがままだ。お前のわがままは全部叶えてやるから、俺の言うことはちゃんと聞いてくれ」 戯れに髪を撫でると、リチェールがひょこっと顔をあげて困ったような表情を向けてくる。 「……ずるい」 「俺はお前の方がよっぽどずるいって思うよ。そういう顔向けんな」 もう一度リチェールの頭を俺の胸に倒して、顔を隠すと小さくため息をついた。 過保護だって自覚はあるし、リチェールの家庭環境を思えば、人に頼らない無謀だろうと自分で何とかする性格はわからなくはないけど。 ってか、定期的に病院のお世話になって、誘拐されたり死にかけたり声出なくなったりするこいつを何度も見て、今の俺は過保護ですかと誰かに聞いてみたいくらいだ。 「でもオレ、千が七海先生にとられるかもーって怖くなってから、シン……あいつのことなんて怖くなくなったんだよ? それにオレ、体調万全で喧嘩したら絶対負けない自信あったし、オレ千に夢中で入る隙ないから!って主張するのに千に入られたらなんか負けって気がしたんだよねぇ」 「怖がりでいろよ。昔から言ってるけど、リチェールは臆病で少し物事を構えてるくらいでいい」 「オレは知らない男10人に殴られて犯されるより、千が一人の女性と関係を持つことの方が怖いよ。そう思ったら別に…」 「………次そのふざけた例えを出したら一ヶ月は家から出れないと思えよ」 「本当に生意気を言ってすみませんでした」 威圧するとすぐ従順になるリチェールに、呆れてため息をついた。 頭がいたくなる。 こいつに無駄な自信持たせてはならない。 性格の根本から、人に頼れないやつなんだ。 昔っから、上手に甘えたふりして面倒事を一人で抱えるやつだった。 最近は甘える幅も広がって頼られてるとも思っていたけど、根本が治らない。 どうやったらこいつは、守られてくれるのだろう。 体が丈夫ではないのはもうわかっていて一緒に暮らしてるのに、相変わらず俺が気付くまで隠そうとするし、めんどくさいとか思うはずないのに。 そういう面でも、リチェールはまだまだ俺を信用してないのだろう。 「リチェール。今から言うこと、全部素直に答えろよ。嘘ついたら……」 わかってるな?と微笑むとリチェールがぴしゃっと背筋を伸ばして座り直した。 「お前さ、今後秋元みたいにぐいぐい言い寄ってくるやつが現れたらどうするつもり?」 ポーカーフェイスのリチェールのほんの些細な動きを見逃さないようじっと見つめた。 「ハッキリ付き合ってる人いますっていうよー」 「今回みたいにキスしてこようとしたり強引だったら?」 リチェールが表情一つ変えずにへらりと笑う。 「千に言うかな」   「うそつけ」 今のは100%とりあえずこう答えとけ言った顔だ。 今回のことでまた無駄な自信をつけてしまったらしい。 その飄々と嘘をつく態度にイラっとして「お前な」と口を開こうとすると、リチェールが言葉を遮った。 「千は」 体を俺から離して、表情の暗くなったリチェールに眉をひそめる。 「かっこいいし、優しいし、大人で強いよね。 オレは未だに千のそばにいれることがこの先ずっと続くなんて贅沢な幸せ、信じられない」 「…………」 「自分の弱さに甘えて千に泣き付いちゃう度、どんどん不安になる。 せめて、オレだって自信をつけて堂々と千のとなりにいたい。 千は心の支えだし、甘えてる部分は大きいけど、何かある度すぐ頼ったりするのは、オレ自身がまた不安になっちゃうからしたくない」 要するに、こいつはまだ片想い感覚なのだとまた何度目かのため息をつく。 従順なふりは上手だから、嫌われるかもしれないという不安の中、胸のうちを話すのは不安だったのか控えめに俺の手を両手で包む。 「勝手な行動したのはごめんなさい。 正直に白状すると、朝、シ…あいつになにもしないでって言ったときには、オレがケリをつけてやるって決めてた。 でも、こうしないと千はあいつに会うの許してくれなかったでしょ? オレはもう怖くないから大丈夫だって千に見せたかった」 何があってもブレないという強い意思を感じで頭を抱えた。 要するにこいつは何がなんでも黙って守られるつもりはないらしい。 「リチェール」 リチェールの話を聞いて、少し続いた沈黙のあと静かに名前を呼ぶと、びくっと肩を震わせてリチェールが不安げに顔をあげる。 「リチェールが素直じゃないからって今更嫌いになるはずねぇんだから、そんなに怖がるな。ほら、来い」 親からの説教を聞くように強張った体で足の上でぎゅっと拳を握っていたリチェールをもう一度腕の中におさめた。 こうすると、いつもリチェールから少し体の力が抜ける。 「何回も言ってるだろ。この先ずっと居るんだから、喧嘩もするだろうし折り合いのつかないことはこれから山ほどあるだろうって。そのとき何て言ったか覚えてるか?」 リチェールが腕のなかで小さく震えて俺の服をきゅっと掴む。 「……それでも、そばにいろって………」 「覚えてるならいい」 躊躇い勝ちな小さい声に微笑み、リチェールの柔らかい髪を撫でると、その狭い額にキスを落とした。 「俺はやっぱりリチェールがこれ以上傷付くのは防ぎたいし、相談しないって断言された以上今まで以上に過保護になると思う。正直やっぱバイトやめさせようとまた思ってる」 「だ、だめ!」 それはいやだと焦ったように顔をあげた表情はなんだか必死で可愛らしい。 今、それなりに怒ってるし、悩んでるのに、リチェールはやっぱりずるいと思う。 「わかってる。リチェールの気持ちも汲んでやりたいとも思ってるよ。だからここは今答えがでなくていい」 俺のこととなると臆病で、すぐ泣いてしまうリチェールが怯えてしまわないよう優しく諭すように声を和らげた。 「リチェールが不安に思ってようと、俺はお前を離す気はない。 この先時間はいくらでもあるんだからゆっくり折り合いをつけていこう。 とりあえず、俺に隠し事禁止。今はこれだけ守ってくれたらいい」 今、珍しく頑なになってるリチェールにひとつだけは守ってほしいと俺が折れる。   こんなやり取りさえ今までリチェールはなかったのか、戸惑ったように瞳を揺らした。 俺だって、すぐに解決できないことに遭遇したことは早々ないけど。 臆病なこいつの歩幅に合わせることはさして面倒だとも思わない。 「俺に隠し事するなよ?破ったら、一ヶ月は寝るの別々にするからな」 だからリチェールの弱さにつけこむ俺も今は目をつぶってほしい。 頬を撫でて、髪に指を滑らせると俺を映すリチェールの大きな瞳にみるみる涙が溜まっていく。 小さく頷いたとき、リチェールの頬に一筋の涙が伝った。 「……千が優しすぎて、どうしていいかわかんない………子供でごめんね……」 「優しいか?お前って盲目的に俺のこと好きだよな」 華奢な肩を抱き寄せると、ぎゅっと抱き返してくる。 リチェールはまるで俺と対等じゃ無いみたいなことばかり言うけど、俺はこれだけで十分だと思うんだけどな。

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