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となり
雅人のことは好きだ。
ヤる覚悟だって出来てた。
なのに、この気持ちは、なに。
乱暴にされたわけでもないし、雅人は優しかった。
いれていいか聞かれて、イエスもノーも答えられない俺のために、進んでくれたこともわかってる。
泣くほどの痛みでもなかったはずだ。
なぜか母さんの顔がよぎって、また胸が苦しくなる。
感情がぐちゃぐちゃで、ただ漠然とした不安が胸に押し込められた。
ひっく、ひっくと息が上がってしまうのを、ルリから借りたハンカチで隠すと、ルリは苦笑して俺の体を抱き寄せ頭を撫でてくれた。
「純ちゃんビックリしちゃったんだねぇ。
初めてだったんだもんね。仕方ないよ」
中性的な優しい声に心までぎゅっと温かく包まれるようでまた目頭が熱くなる。
うん、びっくりした。
全部が初めてで、びっくりしたんだ。
雅人にくっつくのは好きだし、抱きしめられるのも落ち着く。
キスは恥ずかしいけど、嫌いじゃない。
恋人として好きだ。でも、はじめてのことだったから怖かった。
「ルリは、初めてした時泣いた…?」
ふと尋ねてみると、ルリの体が微かに強張った。
でもすぐまた優しく撫でられ、気のせいかと思う。
「……最中は泣いたかな」
「ビックリして?怖くて?」
顔は見えないけど、耳元でふと小さくルリが笑った気がした。
「………たぶん、怖かったし、悲しかったんだと思う。よく、わからない……」
その答えにハッとする。
そういえば、ルリは月城が初恋なのに、初めての相手じゃないことを思い出す。
詳しくは聞いたことないけど、ルリは自分のことをビッチだと自虐的に発言したこともある。
自分の痛みにひどく鈍感なこいつは、怖かったとか、悲しかったとか、その時感情に向き合えたのだろうか。
「……ル」
「純ちゃんが泣くからなんかオレまで泣いちゃいそう……。初めてとかこだわってないけど、やっぱ特別だよね」
顔を見られたくないのか、俺の髪を撫でる手を止めて、ぐっとルリの肩に押された。
俺を抱きしめる華奢な体が微かに震えてる気がして俺も抱きしめ返した。
ルリは本当に、泣いたのかな。
最中は泣いたってことは、終わったあとは自分で無理やり仕方ない。終わったことだ。と悲しさとかに目を伏せて涙を流さなかったんじゃないだろうか。
だって、好きな人とした俺でさえ、こんなに複雑なのに。
ちらっと月城のいるベンチを見ると、戻ってきていた雅人と月城が心配そうにこちらを見ていた。
ぎゅっと胸が痛んで、息を吸った。
「君たち超かわいいねー。何してるのー?恋ばな?」
頭の悪い声に顔をあげるとにやにやした男が3人集まっていた。
「あははっ!お兄さんたちがアドバイスしてあげようか?」
「黒髪の子泣いてんじゃん。失恋でもしちゃった?慰めてあげるよ?」
ルリがチッと小さく舌打ちをして体を離し相手に完璧な笑顔を向けた。
「すみません、彼と来てるんで。行こう、純ちゃん」
それからチラッと月城と雅人がいるベンチを目で見てまた爽やかな笑顔を男達に向ける。
ルリの目線を追うように雅人や月城を見て、負けを悟ったように、たじろぐ男達を後目に俺の手を引いてベンチから立ち上がり雅人や月城の元に向かった。
「気まずくても、気恥ずかしくて、なんか意味もなく虚しくてもそばにいるべきだよ」
男達から離れながら、ルリが小さな声で優しく囁く。
「さっきの奴らなに?またナンパ?
てかルリくんに泣き付きたいなら家でしなよ危なっかしい」
少し不機嫌そうな雅人に微妙に傷付いてふいっと目をそらしてしまう。
嫌だったわけじゃない、自分でもよくわからないこの感情を雅人にぶつけるのは、雅人を悪者にして傷付ける気がして言えなかった。
「雅人さん、純ちゃん昨日突然のことでびっくりして気持ちの整理つかなかったんだってー。優しくしたげて」
とん、とルリに背を押され一歩雅人に近付く。
雅人は少しだけ悲しそうな顔をして俺の顔を見下ろしてきた。
「オレ千と二人っきりでデートしてくる~」
さっき見せた寂しそうな顔は完璧な笑顔に隠してルリが月城の腕を組んで歩き出す。
今二人っきりにされるのは気まずくて追いかけようとしたけれど、後ろから手を引かれ雅人の片手に抱き締められた。
雅人の匂いに、昨日のことを思い出しかぁっと顔が熱くなり体が硬直した。
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