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来訪者
『パエリアっていっただろー!?なんだよこれ!』
お風呂から上がったトムがテーブルの皿を指差して怒鳴る。
『ピラフ。似たようなもんだろ。わがまま言うよな』
『似てねぇよ!明日はパエリア作れよな!』
『ハイハイ。で、なんでいきなりきたの』
文句をいいながらもパクパク食べるトムにため息をつきながら尋ねと、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
千は気を使って先に寝室に行ってくれた。
『なに?嫌なわけ?』
『嫌じゃなくて、前もって連絡しろよ。そしたらパエリアだろうが作っておいてやるのに』
『ふん。お前ってさ上っ面で優しくしてるだけで、結構薄情だよな』
『自分が優しいなんて思ったこと一度もないけど』
トムはオレのことが好きなのかそうじゃないのかよくわからない。
嫌いだから構ってくるのか、友達になりたくて構ってくるのか。
なんだかんだいっていい奴ではあるからオレは好きだけど、ゆーいちに対する態度は酷いし、この無鉄砲さに振り回されて大変だったことも苦い思い出だ。
『お前さ、親父さんとお袋さん捕まっただろ。噂になってるよ』
ニヤニヤと半笑いで聞いてくるトムにスッと目を細める。
捕まったって、嫌な言い方。
『捕まってないよ。母さんは現役で弁護士してるのが証拠だろ』
『へぇ、じゃあただの噂か。
リチェールが両親から殺されかけて日本に逃げたって』
くだらない。全部が全部嘘ではないけど、人の噂なんて勝手にもほどがある。
『……殺されかけたんじゃなくて、オレが自殺しようとしたの。それを今の彼が保護してくれてそのままお世話になってるだけの話』
どう言われても仕方のない両親だけど、やっぱり自分の親を悪く言われるのは面白くないし、多少インパクトを与えて気まずい話をした方が黙るだろうと本当の話をするとトムのスプーンが止まった。
『は?自殺?』
『今は一ミリもそんなこと考えてないけどね』
案の定、トムは気まずそうに黙って、またパクパクとピラフを食べる。
そんなトムを横目に頬杖をついて小さくため息を漏らした。
『………てかさ、いつイギリスに帰ってくんの』
『帰らないよ。千に捨てられるまでは』
ふーんと、どうでもよさそうに聞き流して、トムは最後の一口を頬張った。
『で。なんで来たのか聞いてないんだけど』
トムが食べた皿を片付けながら言うと、図々しくソファに移ってごろんと寝転がる。
千は二人の家だと言ってくれるけど、どうしてもオレはこの家は千の家でお邪魔させて頂いてるという感覚なだけに、トムの無作法にハラハラしてしまう。
『だから、サプライズだよ。嬉しいだろ』
『……まぁ、会いにきてくれたのは嬉しいよ。ありがと。明日はどこか行きたいところあるの?』
気分屋な奴だから、しばらく付き合ったら飽きて帰るだろうと濡れた手を拭いてソファに腰かけた。
『んー?しばらくゴロゴロしてたいな。長時間の飛行機疲れた』
うとうとしだしてるトムに、客室に布団を敷こうと立ち上がると手を引いて止められる。
『なに?』
『俺さ、あのクソ親と縁切って、金持ちの親戚の家でめっちゃ贅沢な生活してるじゃん』
『ああ、うん。あれからもう何もない?』
『マジ最高だよ。その夫婦、子供いないから俺のこと猫可愛がりだし。だからさ』
くんっと手を引かれて、立ったばかりのソファにしりもちをつく。
トムはニッと笑って顔を近付けた。
『お前も一緒にそこで住もう。あの夫婦はいい父母になってくれるよ』
あまりにも唐突な話に一瞬反応が遅れた。
『いきなりどうしたの?』
『別にいきなりじゃない。リチェールを迎え入れる準備はずっとしてた』
真剣な顔で言われ、冗談じゃないとわかる。
トムの家庭環境は複雑だったし、もしかしたら似た境遇のオレのことを気にかけてくれてるのかもしれない。
『ありがとう。でもオレ、今彼といて幸せだからここにいるよ』
『……あっそ』
『気持ちは嬉しいよ。ありがとう』
『うっせー、お前みたいなやつのこと、日本語で"ハッポービジン"って言うんだよ』
プイッと拗ねたように顔を背けるトムが昔のままで、なんだか懐かしく笑ってしまった。
『ははっ。そう言えば、トム日本語喋れたっけ?』
『少し覚えた。"ギゼンシャ"ってのもお前のような奴のこと言うんだろ?』
『そーそー。八方美人で偽善者な。よく言われる』
オレを怒らせようとしてくるのも相変わらずだけど、別に他の人に迷惑をかけるようなものじゃないなら気にしない。
お風呂からあがっても、ソファでゴロゴロしながら話しかけてくるトムにオレは課題をしながら相槌を打つ。
英語で話すのもなんだか懐かしく、昔話は話題が尽きなかった。
しばらく他愛もない話をしてると課題が終わる頃には寝息が聞こえて来て客間に布団を敷いて千を呼んだ。
「千、起きてる?」
「ああ」
「ごめんね。トムがソファで寝ちゃって。お布団まで運んで貰えるかな?」
「ん」
ベットから降りながらオレの頭をポンポンと撫でてくれる。
トムは細身だけど身長は180㎝はあり低くはなく、二人で持つつもりだったけど千はひょいっと横抱きに一人で持ち上げた。
そう言えば、オレのこと片手で抱き上げたり結構力あるよな、と感心する。
そしてお願いしといてなんだけど、何となく面白くない。
トムに布団をかけて、部屋を出ると千に向かって手を広げた。
「千、オレもだっこ」
「は?」
「だっこして」
ぎゅーっと子供みたいに抱き付くと、千が呆れたように笑って抱き上げてくれた。
「リチェールが運べって言ったんだろ?妬いてんじゃねーよ」
「妬いてないし。引っ付きたいだけだもん」
「はいはい」
いや、妬いてるけど。
そんなオレの強がりもお見通しというように千はクスクス笑う。
「さっきのやつも思いの外軽かったけど、他のやつ抱いた後だとリチェールは心配になる軽さだな」
「抱いたって言い方やめて。いらっとする」
千の首にかぷっと噛みつくと、痛い痛いと笑って背中をぽんぽんと撫でられる。
寝室につくとベットにおろされ、コロンと反転すると千が空いたスペースに入ってくる。
リモコンで電気を消すと千の腕枕にしてもらってぴったりくっついた。
「オレの友達が突然来たのにいやな顔しないで泊めてくれてありがとう。本当はあんまり人を家に入れるの好きじゃないでしょ?」
「いや、別に。リチェールが出ていこうとするよりずっといい」
もう。そんなに甘やかされてもオレは何も返せないのに。
「それで、トムは何で来たって?」
「うん?んー、どこまで本気かわからないけど、オレがイギリスに居場所なくして日本に来たって勘違いしたみたいで、イギリスに帰ろうって言ってくれたけど、オレは今幸せだから帰るつもりないよって話したら納得してくれたよー」
「へぇ、それでわざわざ日本に?リチェールのこと好きなんじゃねぇの?」
「あはは。ないない。どちらかというとオレみたいなのは嫌いなタイプだよ、あいつは」
千がなにか言おうとしたのはわかったけど、キスして口を塞いじゃう。
少しだけ舌を絡ませて唇を離すと千を見上げた。
「ね、トムの話はもういいじゃん。それよりさっきの続きしてくれないの?」
「友達に声聞かれてぇの?悪い子だな」
妖艶に笑って千がオレのことを押し倒す。
何となく。
本当に何となくだけど胸騒ぎがして不安から千を求めた。
「声聞かれたくないから、くち、離さないでね」
千の首に手を回してキスをした。
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