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来訪者
トムside
リチェールのことが大嫌いだった。
誰にでも分け隔てなく優しく、人当たりのいいリチェールはクラスの人気者で、よく学校は休むし授業もサボり癖があるくせにやらせたら勉強もスポーツも何でもできて、ルックスも悪くない。身長が低い分、愛嬌がある。
たまにガーゼや包帯だらけで学校に来たりして荒れてる噂もあったけど、リチェールの明るさから心配する人はいなかった。
こんな完璧な人間がいるはずがない。いつか化けの皮を剥いでやる。
あの時まではそう思ってた。
『あれ?トム?こんな時間にどうしたのー?』
夜の9時過ぎ、10才にも満たない子供が一人で出歩く時間ではない。
てか、こんな時間にどうしたなんてこっちの台詞だし。
顔を背けると、リチェールが近寄ってきて俺の顔をガシッとつかんだ。
『てか何この怪我!やばくない!?』
『はな……っはぁ!?』
離せ!と手を振り払う前にリチェールと目があって動きが止まる。
オレを心配するリチェールの方がよっぽどひどい怪我をしていた。
『お前の方がひどい怪我だろ!なんだそれ!』
『オレのは喧嘩して負けただけ!
で、トムは?なにこれ!てか足めっちゃ腫れてるし!おぶってやるから乗れよ』
俺の怪我を見てギャーギャー騒ぎ、しまいには俺よりひどい怪我に俺より小さな体で俺を担ぐという。
ほら、と触れようとしてきた手を思いっきり叩き落とした。
『触んな!気持ち悪ぃんだよ!お前!』
『はぁ?オレ何かした?』
『うるさい!触んな!どけ!』
わけがわからないと立ち尽くすリチェールをどんっと乱暴に押すと簡単にしりもちをついて傷が痛んだのか顔をしかめる。
その顔に多少の罪悪感は覚えたけれど、そのまま痛む足を引きずってその場を後にした。
思えば、あの日がすべてのきっかけだった。
その日からリチェールはやたらと俺に構うようになった。
特に放課後。
『トム!待てよ。今からゆーいち達とバスケするんだけど一緒にやらない?』
軽々しく肩を組んでくるリチェールが鬱陶しく振り払う。
『やらない。ウザイ。消えろ』
『えー。今ならオレと一緒のチームにしてあげるよ?圧勝間違いなしなのに』
なんだこいつ。自信満々かよ。
こういうさっぱりした性格の奴のそばは心地がいいんだろう。
だから人が集まる。
でも、俺には心地いいものではなかった。
『やらねぇっつってんだろ!しつこい!』
『じゃあ、クリケットにするー?あ、ゆーいちが教えてくれたカンケリもいいねー。日本の遊び、気になるだろ?』
はっきり断っても食い下がってくるリチェールに顔をあげると、その後ろで気まずそうにしてる奴らと目が合う。
俺なんかが来たら気まずいんだろ。
『うぜぇ!俺、お前嫌いなんだよ!』
ふんっと鼻を鳴らしてそのままその場を離れた。
____別に、帰る場所など無いけれど。
俺の母さんは昔男をつくって出ていった。新しく出来た義母さんも義弟とは上手くいなかった。
義弟は病弱で、義母さんはそんな義弟の体調の変化に敏感でヒステリックだ。
父さんはそんな義母さんを宥めるのに必死で俺に見向きもしない。
この居場所のない世界にたった一人置き去りにされてなんとも言えない焦燥感に毎日悩んでいた。
家には居たくない。
俺がいない方が、あの家は穏やかだ。
それでも、外だって、こんな愛想の悪いガキに居場所なんてあるはずもなく。
『おいクソガキ!なに睨んでんだ!!』
夜、俺と同じように居場所のないゴミみたいなやつらの集まりさえ羨ましかった。
そこでも俺は受け入れては貰えないことはわかっていた。
サンドバッグにされて笑い者にされて、こんな世界最悪だ。
目付きも悪く傷だらけの俺をクラスメイトは怯えて遠ざかる。
たった一人のエゴイストを除いて。
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