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来訪者
その日の放課後もリチェールは懲りずに話し掛けてきた。
今日は周りに人はいなく二人で遊ぼうと言う誘いだった。
『………なんで、俺に構うわけ』
『いーじゃん。どうせ暇でしょ?オレも暇なの。一緒にいてよ』
『きもっ!』
これだけの悪態をついてもリチェールは、ハハッと笑って俺の後ろをついて回る。
今日は他のやつがいないし、どうせあの人たちが寝てからしか家には帰れないから何となく、強く断る気になれなくて二人でファストフードを食べた。
あんな時間に外にいたリチェールの家庭事情もいいものではないのだろう。
そろそろ帰ろう、とかも言わず俺の嫌味をにこにこと最後まで聞いては軽く流してくれて、気持ちが少しずつ晴れていく。
やり場のないこの全てに対する不満の八つ当たりのような暴言を、他愛もないことのように受け止めてもらえるのは初めてで、いつの間にかリチェールに帰ってほしくないとさえ思えていた。
それからはリチェールの誘いは二人きりなら断らなくなった。
それどころか他のやつらがリチェールといるとイライラしてくる。とくにあの日本人。
あの日本人だって来てすぐの頃は一人ぼっちだった。
リチェールに声をかけられて輪に入ったくせに偉そうにリチェールの特別と言わんばかりの態度が癪だ。
俺にはリチェールしか話し相手いないし、もう輪には入れたならお前にはリチェールは必要ないだろ。
そう思い始めていた矢先。
『おう、クソガキ!久しぶりだな!』
リチェールと二人で遅くまで時間を潰してたある日、俺を殴ってはストレス発散する厄介な男達と遭遇してしまった。
『生意気に可愛い彼女つれてんのか。むかつく』
『ぎゃはは!ナンパに断られまくったからって八つ当たりすんなよ!』
男達の卑下た笑い声に冷や汗が頬を伝う。
リチェールは何を考えてるのかわからない無表情でじっと相手を見ていた。
『あの、オレ男です。オレ達急いでるんで』
行こう、とリチェールが俺の背中をぽんと叩いて前に進む。
男達の横を通りすぎる瞬間その小さな体は片手で包まれるよう止められた。
『あ、ほんとだ。男かよ。つまんねぇな』
『………離してもらえますか』
心なしかリチェールの顔は少し青ざめていた。
臆病な俺は何も出来ずに見ているだけで男達の三人のうちいつも率先して絡んでくる男がにやっと笑う。
そして振り上げた拳はリチェールの細い腹に食い込んだ。
『うっ』
ヨロ、と後ろに後ずさるリチェールの肩を掴みもう一発殴り付けその華奢な体は簡単に地面に沈んだ。
『男なら殴るくらいしかストレス解消できねーじゃん!つまんねぇ!』
『や、やめろよ……っ』
情けなくも震えてしまった声に薄汚い笑いが飛び交う。
リチェールを巻き込んでしまった。
でもリチェールだけでも逃がしてやる力はなく相変わらずどうしようもない最悪の世界に目の前が真っ暗になるようだった。
『ねぇお兄さん達さ、こいつのことよく殴ってるの?』
自分よりずっと体の大きい相手に殴られヨタっと起き上がったリチェールは、ワッと笑い出した相手の反応に不快そうに顔を顰めた。
『トム、走るよ』
相手に手につかんでいた砂をかけて、怯んだ隙に俺の手を掴んで走り出した。
『え?わっ……!?』
『早く!』
突然のことに反応が遅れ、足がもつれながらも引かれるまま走ると、後ろから怒りに満ちた怒声が聞こえ体がすくむ。
角を曲がった瞬間リチェールにドンッと体を押され小さな建物の間の小道に体を押し込まれた。
『そのままトムはこの道抜けて、まっすぐ帰れよ!』
それだけ早口に言うとリチェールはまたすぐ見つかりやすそうな大道に駆けていく。
頭がついていかず、え?え?と狭い通路でたじろぐ俺の前を男達がいた!と声をあげながら走りすぎていった。
どうしていいのかわからない。
わからないまま、今まで感じたことのない恐怖に、最悪の気分のままフラフラとした足で家まで帰った。
あいつは頭もいいし足も早いし、喧嘩にもなれてるはずだ。
きっと大丈夫だと言い聞かせながらベットの中で震えるからだを抱き締めた。
殴られて全身軋むようないつもの痛みはないのに、気分は今までで一番最悪だ。
____今になって思う。あの時、ぼこぼこに殴られたっていいから俺は一緒に逃げてほしかった。
手をとって、一緒に走ってほしかったよリチェール。
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