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来訪者
次の日リチェールはボロボロの痣だらけ姿で学校へ来た。
『やっほートム。あの後ちゃんと帰れたー?』
何もなかったようにヘラっと笑う姿に、巻き込んでしまって悲しいような、こうなっても話し掛けてもらえて嬉しいような複雑な気持ちで言葉が出てこない。
『てかさー、お前あーゆー奴らによく目つけられんの?傷だらけなのってそのせい?』
俺の複雑な気持ちなんてお構いなしにリチェールがペラペラと喋る。
『ね、何て顔してんの。オレはこーゆー怪我慣れてるから平気だよ?』
『……関係ないのに殴られて、平気?』
信じられない気持ちで顔をあげると、リチェールはにぱっと無邪気に笑う。
『うん。全然余裕。それよりさ、今日は放課後何するー?』
余裕なはずない。痛かっただろうし、怖かったはずだ。
それなのに、どうしてまだ俺と一緒にいてくれようって思えるの。
それからルリは放課後周りの誘いを全部断ってほとんど俺と一緒にいた。
その日からぴたっと変なのに絡まれることはなくなって、今思えばリチェールが危険から避けてくれてたんだとわかる。
それでもリチェールの生傷はたえなくて、聞いてもはぐらかされておしまいだった。
これも、後になってからわかったけど、お前は本当は喧嘩なんてしたことなかったし、あの日は一方的に殴られて終わったんだろう。
それから、俺を守るためにあいつらに俺に二度と近づくな。謝れと言っては袋叩きにされて喧嘩慣れして強くなっていったんだよな。
そんなことを後からあいつらに謝られて知った俺のショックなんて、お前は知りもしないで。
それでも弱かった俺はお前に依存してそこにしか居場所がなかった。
『お前さ、俺といてもつまんねーだろ』
『はー?なんでそんなこと言うわけ。トムといるの楽しいよ』
『嘘つけエゴイスト』
『あはは。楽しいってか気が楽なんだよね。オレたち似てるじゃん』
……真逆だろ。
その時はそう思った。
似てると言われた意味をもっと考えるべきだったんだ。
リチェールは俺が他のやつと仲良くできないから俺といる。
それはただのあいつの優しさで、俺と好き好んで仲良くしてるわけじゃない。
ほっとけないだけ。
それが悔しくて、他のやつとも仲良くしたし、その上でリチェールがやっぱり特別だった。
一番の友達だと思ってた。
あの日本人がいなくなって半年。
『トムもかなり落ち着いたよね。最近じゃオレより友達多いんじゃん?』
『ったりめーだろ。お前のほっとけないからーとか言うクソみたいなエゴいらねーんだよ』
『エゴじゃないってのー』
だから、もう一人で不幸を背負わないで、俺を対等に見てほしい。
ちゃんと友達になりたい。
だから、頑張ってたんだよ。
もう置き去りにされないよう。
今度は一緒に逃げたり、立ち向かったり出来るよう、頑張ったんだよ、俺は。
それなのに、リチェールはいつものようにニコニコしながら残酷に告げる。
『トム、オレね日本に行くことにしたから』
頭を、鈍器で殴られたような気持ちだった。
リチェール、お前はエゴイストだ。
一方的な優しさを押し付けて、俺が何を望んでるのか見もしないで。
俺が新しい家族に引き取られて友達も作ったら、さっさとあの日本人を追いかけて離れていってしまう。
優しさで一緒にいる訳じゃないって口では言っておいて、それがリチェールの答えだ。
でも、俺だってリチェールのこと何も見てなかった。
リチェールが帰国中、両親から殺されかけたと噂で聞いて今までの記憶が甦る。
俺とリチェールが似てるといった意味も。
イギリスから逃げ出したかった理由も。
笑顔の裏で耐えてた地獄も。
不貞腐れて、イギリスからたつ前のリチェールにひどい言葉を散々浴びせて。
最後まで素直になれなかった俺に後悔ばかり残すリチェールは、やっぱり残酷だ。
でも、嫌なものだとイギリスと一緒に俺を捨てないでくれ。
あのとき、お前が俺を救ってくれた。
地獄から俺を連れ出してくれたリチェールを今度は俺が救いたい。
イギリスに居場所がなくなったのなら俺が作ってやる。
今度こそ、手をとってほしかった。
日本が、心地よくなったというのも、いつも通りのリチェールに見栄に決まってる。
俺が連れ出してやる。
今度は二人でこの最悪な世界から逃げようリチェール。
手をとってもらえるなら、俺はどんなことだってしてやる。
……そのためにはまずはあの同居人の男が邪魔だ。
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