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来訪者
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朝ほのかに香るコーヒーの匂いで目が覚めた。
遠くで話す声が聞こえ体を起こすと見覚えのない室内に首をかしげる。
ああ、俺昨日リチェールと話してる途中で寝てしまったんだ。
ということは、この話し声はリチェールとあの男だ。
ムッとして布団を蹴りどかし、どかどかと廊下に出た。
「だから、オレ多分トムに嫌われてるんだって。その心配はないよー」
「どうだかな」
聞こえてきた会話に一瞬足を止める。
嫌いだったら、わざわざお前のために日本語を覚えたりしねぇよ。
チッと小さく舌打ちをしてバンっとドアを開けると、リチェールが小さく悲鳴をあげる。
でも俺を見るとすぐに柔らかく微笑んだ。
『びっくりした。おはよう、トム。夕べはよく寝れた?』
『ん。それより腹へった』
『うん、出来てるよ。パンケーキ好きだっただろ?』
好きだったのは、昔の話だ。今は普通。
でもそんな昔のことを覚えているなんて、律儀なやつ。
『コーヒー飲めたよね?淹れとくから先に顔洗っておいで。出てすぐ左だから』
言われた通り、洗面所に向かおうと同居人の男の横を通りすぎるときチラッと目が合う。
『おはよう。今日はリチェールも学校休ませたから、よろしくな』
『……どうも』
短く返してそのまま顔を背けて洗面所に向かった。
顔を洗ってその場に畳んでつまれていたタオルで顔を拭きながら廊下に出ると、もう仕事の時間なのかスーツを着た同居人と、鞄をもって後ろからついてくるリチェールと鉢合わせる。
『お見送りしてくるから、先にご飯食べてて。準備できてるから』
『はいはい』
同居人とは目も合わせないでリビングに向かう。
「行ってらっしゃい。運転気を付けてね」
「リチェールも。今日は冷えるらしいから厚着して出歩けよ」
「ふふ。はぁーい」
後ろから聞こえる会話が耳障りだ。
嬉しそうに聞こえるリチェールの声なんてあてにならない。
ここ数ヵ月で出会ったようなあの男がリチェールを幸せに出来たなんてあり得ない。
そう自分に言い聞かせて、後ろから聞こえる会話を遮断するように乱暴にリビングのドアを閉めた。
リチェールが作ったパンケーキを雑にフォークで切って食べる。
リチェールは、あいつともう食べたのかな。
別に一人での食事は慣れてるけど。
『あ、コラ。ちゃんとサラダも食べろよー』
戻ってきたリチェールがふたつの皿にサラダを盛ると、向かいの席についてにこっと笑う。
『ドレッシング色々あるけど何がいい?和風ドレッシングとかチャレンジしてみる?』
『……シーザーバジル』
『えー、じゃあオレは和風にするから、一口食べてみろよ』
そう言って、ひとつのサラダにとぽとぽドレッシングをかける。
『てか、あの同居人と朝メシ食ってなかったのかよ』
『うん。トムと食べよーって思って我慢してたの。お腹すいたー』
なんだそれ。
俺がいなくたってなんともないくせに。
こんな風にされたからって昔のように勘違いしたりしない。
リチェールはあの日本人より俺を構ってたけど、俺を捨ててあいつを追いかけた。
リチェールの中で構うのは大切な人ではなく、ほっとけない人なんだ。
『トムが特に行きたいところはないって言うから、オレ勝手に色々決めちゃったよ?
調べたら今日、少し遠いけど、全国のご当地物産展やってるみたいだしそれ行こうよ。お前甘いの好きだろ』
『昔の話だろ』
『あれ?今はそうでもない?まぁそれならなおさら和菓子って食べてみなって。甘さ控えめで美味しいんだよー』
『俺日本って国にクソほど興味ないから、そーゆーのウザい。
別のにして』
この国のいい所なんて、リチェールの口から聞きたくない。
いらっとしてキツイ口調で言っても、リチェールは気にした様子もなくヘラっと笑う。
『観光したい訳じゃないんだ?じゃあ普通に遊ぼっか。ボーリングとかは?』
……遊びにきた訳でもないんだけどな。
少し考えて、閃いた。
『なぁ、リチェール。その物産展そんなに遠いの?』
『ん?んー、電車で3時間くらいかな?』
3時間か。もう少し遠くてもいいけど、まぁ悪くない。
『やっぱリチェールがわざわざ調べてくれたんだしそこにしよう』
『え、いいの?』
『うん。そこにいこう』
『よかったー。実はオレもう食べたいの決めてたんだよね』
嬉しそうに笑いながらリチェールは食べ終わった皿をテキパキと片付け始める。
遠いから早めに出ようと言うわりに、洗濯をしっかり干して俺が蹴りどかした布団を綺麗に畳んで片付けて部屋に掃除機をかけて家を出る頃には1時間くらいたっていた。
『女の身仕度かよ……』
『女性はここから髪や化粧だからもっとかかるよー』
『めんどくせぇ』
『英国紳士がそんなこと言わないの』
リチェールが白いクラッチバックに財布とハンカチとスマホをいれて、よしっと頷く。
『お待たせ。行こっかー』
そして、振り返って当時俺を色んな所に連れ出してくれた時と同じように笑った。
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