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来訪者
『あ、電話。ごめん、ちょっと待って』
エレベーターをおりて歩きながら、リチェールがスマホを取りだし俺から一歩離れる。
「はいはーい。純ちゃんどったのー」
ん。今のは聞き取れなかった。
つい覚えたての日本語に聞き耳をたててしまう。
「ごめんルリ!俺が月城にチクったから学校に来れないくらいめちゃくちゃにやられたんだろ!!ごめんな!!大丈夫か!?」
電話越しでも聞こえる大声にいらっとする。
早口で聞き取れないし。なんだこのうるさいやつ。
「ええ?あははっそんな勘違いしてたの?
今日はただのサボりだよー。イギリスから友達が来てるんだ」
リチェールには聞き取れたらしい。
元々頭のいいやつではあったけど、馴染んでる様子にイライラする。
「大体、千がそんなことするはずないじゃん。オレのこと心配して千に言ったんでしょ?ありがとねー」
クスクスと楽しそうに話してんじゃねぇよ!
『リチェール!俺、道わかんねぇし早く歩けよ!お前が行きたいって言ったところだろ!』
「わっ」
リチェールの携帯を持つ手を乱暴に引くとびくっと一瞬体を強張らせる。
……なんだこの反応。
「あ、ごめ……」
『ごめん。すぐ電話切るから』
日本語で咄嗟に謝って英語で言い直した。
そりゃあの日本人の家で昔っから日本語にふれていたらしいし、もう日本に来て約一年だから不思議ではないけど。
『ただでさえこっちは四方八方猿の泣き声にストレスたまってんだよ。お前くらいまともに言葉喋れや』
『嫌な言い方ー。構ってくれなくて寂しいって素直にいえよー』
これだけの嫌みをいっても、リチェールはヘラヘラ笑って人差し指をぐりぐり俺の頬に押し付けてくる。
短気な俺が、これだけ八つ当たりしても離れないのはこいつくらいだ。
「純ちゃん、ごめんね。あとでかけ直すわー」
それから短く2、3会話を続け通話を切った。
『トムさぁ、なんか前よりピリピリしてない?大丈夫?
またなんか厄介なのに絡まれてたりしないよね?』
『……うざっ』
『もう。うざってなんだよー。溜め込むなよ?』
厄介なのはお前だっての。
心配させる度、イライラする。
お前は心配すらさせてくれなかったくせに。
俺は不機嫌なのに、リチェールは気にせずへらへら話しかけてくるから重い雰囲気にはならず、電車に揺らされて目的の駅に着く頃には普通に他愛もない話をしていた。
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