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来訪者
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『お菓子だけじゃなくて色々おいてあるんだねぇ。千にも美味しいの食べてほしいし晩ごはん楽しちゃおうかなー』
ついた物産展は思ったより広く、大規模で人で溢れていた。
すでに雰囲気にのまれて少し帰りたい気持ちになってる俺とは裏腹に、リチェールは全体を見渡しながら楽しそうに笑う。
『あ、八ツ橋!たべてみたかったんだよねー。色んな味あるよ。トムどれがいい?』
『……チョコの』
『オッケー。オレは抹茶とあんこのー』
他にもリチェールは色んなブースでちょこちょこ色んなものを買い、ちょうど空いたイートインコーナーに腰かけた。
『ね。ちょっとでいいから抹茶食べてみない?絶対ハマるからさー』
『……一口だけな』
ぐいぐい抹茶の生チョコを口元に持ってくるリチェールにしぶしぶ口を開ける。
ほろ苦くて、でもちゃんと甘くて悪くない。
でも、うまいなんて言ってやらない。
『……まずっ』
『えー?そう?じゃあ大福はー?』
自分が食べたいと買ったはずなのに、リチェールは次々と俺に食べさせようとする。
親戚のおばさんかこいつは。
『てかさ、リチェール。あの同居人とうまくいってんの?』
さすがに胃もたれしてきて、リチェールの気をそらすために話をふる。
『同居人じゃなくて彼氏ですぅー』
『きも。まさか本気で好きとか言わねぇよな?日本にいるために利用してるだけだろ?』
『どこの悪女だよ。あの人と一緒にいて幸せだって言ったでしょ?』
男を好きになるとか、あり得ない。
いくらあの美形でもないだろ。
同じもん生えてんだぞ。
『いくら見てくれがいいからって、あいつのどこにそんな魅力があるんだか……』
『えー、魅力しかないよ。何て言うかね、側にいるときの安心感がすごいんだよね』
……出会って数ヵ月で安心感とか。
そもそも、リチェールが誰かに頼ることなんてありえないんだから、そういう俺は今はもう大丈夫ですアピール要らないっての。
大体、相手の男だって絶対本気じゃないだろ。
あのルックスなら女なんて選びたい放題だろ。
なんでわざわざ男を選ぶんだよ。
『お前絶対捨てられるぜ。のめり込む前にやめとけよ』
『ははっ。それなら手遅れ。
それに捨てられてもいいよ。あの人からは色々ともらいすぎなくらい。あの人がオレなんてもううんざりって言うなら、オレは潔く身を引くよ』
『……へぇ』
そーゆー考えは相変わらずなんだ。
それなら、好都合。
『もらいすぎってなにが?』
『色々。いっつも迷惑かけちゃうのに、とことん甘やかしてくれるし。朝、おはようって言われて、名前を呼ばれて、夜、おやすみって一緒に寝れるだけでもう幸せなんだよね。あの人といると』
そんな小さいことに幸せを感じるほど、リチェールは愛情に飢えていたのだろう。
俺だって、それくらいしてやれる。
相手の男には側にいてくれるだけでいいと言うわりに、それを求めなかったのはだれだよと言いたくなる。
『お前、クソジャップ追いかけてきたくせに、あいつのことはもういいのかよ?』
『ねぇ、ちゃんとゆーいちのこと名前で読んでよ。本人が聞いたら傷付くだろ』
『いいから答えろよ』
だれが名前でなんか呼ぶかと鼻を鳴らすと、リチェールが呆れたように小さくため息をつく。
『ゆーいちと千への気持ちは全く別物だよ。でもあの時オレゆーいち達家族に依存してたから、それは薄れたかな。その時とは比べられないくらい千に依存しちゃってるけど』
『きもっ!お前って意外と女々しいんだな』
『ね。自分でもそう思う』
もうあの日本人への執着心は薄れてる。
いくら地獄のような家庭環境とはいえ、母国を捨てるくらいの強い気持ちだったんだぞ?
それを上書きするほどの何が、あの男にあると言うのだろう。
……少し、興味が湧いてきた。
しばらく二人で色々と見て回って、リチェールがちらちら時計を見はじめてそろそろ帰ろうとしてる雰囲気が伝わった。
『オレ、お手洗いに行ってくるね』
『ん。バック預かっとく』
『ありがとー』
無防備に財布もスマホも入ったバックをオレに預けてリチェールは離れて行く。
リチェールが見えなくなると、素早くバックからスマホを取りだし電源を切って、それを人だかりのあるテーブルにそっと置いてもといた場所に戻った。
『ごめんねー。御手洗い混んでたー』
しばらくして戻ってきたリチェールに何食わぬ顔でバックを投げて返す。
リチェールはまた白いベビーGの腕時計を見て顔をあげた。
『そろそろ帰ろっか。
その前に、千へのお土産買っていい?』
『お前ってほんと律儀だな』
『普通だって。トムも好きな人ができたらわかるよ。美味しいとか楽しいとか共有したいんだよね』
『乙女かよ。気持ち悪っ』
『ははっ。ほんとになー。オレも自分がこうなるなんて思わなかったよ』
好きな人ね。
俺には到底理解できない感情だ。
『ほら、トムも一緒に夕飯食べるんだから、一緒に選ぼう?うーん。5000円以内なら、なんでも選んでいいよ』
『へぇ、俺こーゆーの選ぶの時間かかるけどいいの?』
『いーじゃんいーじゃん!せっかくだから、ゆっくりえらぼー』
なにも知らないでリチェールが無邪気に笑う。
だから俺は宣言通り一時間くらいかけて夕飯になりそうなお土産を選んだ。
リチェールはリチェールで試食を進められる度に断れず食べてはちょこちょこ買っていて、いいカモになっていた。
辺りが薄暗くなって、ようやくリチェールが焦り始める。
それを見越して口を手で押さえた。
『リチェール。気分悪い』
『え?大丈夫?』
その場に踞ると、リチェールはまんまと心配そうに背中をさする。
『やばい。キツいかも』
『え!?まじで!?いいよ、吐いて!我慢すんな!てか病院行く!?』
すぐに袋を詰め替えて、空の袋を作り俺の前で広げる。
こんなところで吐くわけねぇだろ。
『大丈夫。少し人に酔っただけだと思う。でも、少しどっか静かな所で休みたい』
『わかった。えっと、すぐ調べるね』
リチェールがバックを広げて、あれ?と固まる。
クラッチバックは大きくないし、男のバックの中のものなんて限られてる。
スマホがないことに気が付いたのだろう。
『……やば。ごめん、トム。スマホどっかに忘れてきたかも』
『探してきていいよ。俺その辺のベンチで休んどくし』
『何いってんの。一人にするわけないだろ!スマホなんてあとで探すよ。
ちょっと待ってて。その辺の人に近くに喫茶店とかファストフード店とかファミレスあるか聞いてくるから』
『……悪い』
うん、リチェールならそうするってわかってた。
リチェールはキャラメル色のダッフルコートを脱ぐと俺の肩にかけて一度その場を離れた。
そして5分もしないで戻ると、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
『歩いて5分の所に喫茶店あるって。ここ寒いしそこに行こう。歩けそう?』
『ああ』
『無理すんなよ?おぶってやれるからな』
……なんか、このやり取り懐かしい。
初めてリチェールと関わったきっかけの夜も、リチェールは傷だらけの俺を背負おうとした。
『平気だよ。少し休んだらすぐよくなると思う』
あの時とはお互いに色々と変わったけれど。
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