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来訪者
カタカタとパソコンをブラインドタッチで打ち込み、リチェールがもぞっと動くと片手間にリチェールの髪を撫でる。
変なの。邪魔だろうに。
さっさと抱き抱えて寝室に押し込めばいいのに。
チンっと軽快な音がして、料理が温まったことを知らせる。
結局、彼にはなにも言わず離れて温まった料理を食べた。
好きな料理のはずなのに、よく味がわからない。
『トム。テレビ好きにチャンネル変えろよ。俺見てねーから』
名前を呼ばれ、ドキッとする。
つけっぱなしのテレビはよくわからないけどスーツを着た男が喋っていた。
テレビなんて何でもいい。
お互い無言だから、音さえ出しててくれたらそれで十分だ。
パクパクと口に詰め込み、なるべく早く食べ終わって、食器をそのままに立ち上がる。
こんな気まずい空間、さっさと出ていきたい。
……それなのに、なんとなく勿体ない気がして、リチェールの体がある反対側の彼のとなりのスペースにちょっと間をおいて腰かけた。
ただ、眠たくないから。
……それだけだ。
『あんた、まだ寝ないの?』
『このチビに振り回されてためた仕事がまだまだあるんでね』
嫌味のはずの台詞とは裏腹に声は優しい。
リチェールのために仕事とか後回しにするんだ。
『リチェールのこと大切?』
なんでこんなことを聞いたのか自分でもわからないけど、つい口に出ていた。
彼はパソコンに、目を向けたままさも当たり前と言うように口を開く。
『そりゃ恋人ですから』
………胸が、いたい。
なんなの、これ。よくわからない。
リチェールがただ羨ましい。
俺も大切にされたい。こんな風に。
『リチェールのどこがよかったの?』
『俺のこと、すげぇ好きなところ』
『そんなの、あんたレベルなら今までもいくらでもいただろ』
『ははっ。どうも』
だから、なんでリチェールが良かったのか聞いてるんだけど。
たしかに、優しいけどエゴイズムは激しいし、自分の幸せのためなら平気で色んなものを捨てるようなやつだ。
幸せそうな寝顔にイライラしてしまう。
『リチェールが今日は楽しかったって、さっきまでずっと話してた。体調崩すまでこいつに付き合ってくれてありがとな』
ぽんっと頭を撫でられ、また一瞬目が合う。
『……っ』
心臓がまた大きく跳ねて思わず固まる。
彼は何も気にしてないように指をパキパキ鳴らしてリチェールを抱き抱えた。
『仕事終わったからそろそろ寝るけど、トムは寝れそうか?』
『え、あ、うん』
当たり前だけど、二人って寝室一緒なんだよな。
……もやもやする。
ああ、だめだこれ。
撫でられたあの手が、リチェールに向くことが悔しくて仕方ない。
________リチェールはずるい。
俺をイギリスに置き去りにして、こんな幸せを自分だけ見つけて。
感謝してたはずの気持ちがどろどろと、恨みに変わる。
腕のなかで寝てるリチェールが、羨ましくて仕方ない。
この人からの愛情を俺だってもらいたい。
『そういえば、名前……』
『なに?』
『あんたの名前何て呼べばいいの?』
『お好きにどうぞ』
ふっと彼が笑うから、試しにリチェールと同じように口にしてみた。
『じゃあ、千。俺まだ眠くないし、話し相手になってよ』
リチェールはあのくそ日本人を追いかけて日本に来たのだから、それだけで十分だろ。
愛情に飢えたこの気持ちに、セーブはかからなかった。
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