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置き去りのバレンタイン
「ルリ!!なんっっだよ!!!昨日の電話!!!」
登校して一番に純ちゃんが元気な声と共に現れた。
そう言えば、トムが怒ったせいで電話を一方的に切ってそのままだったと思い出す。
「おはよー純ちゃん。朝から元気だねぇ」
「なんかアメリカンなチンピラに絡まれてなかった!?大丈夫かよ!?」
ガシッとオレの肩をつかんでオレに怪我がないか細かく確認するように上から下まで見る純ちゃんに思わず笑いが出る。
アメリカンなチンピラって。
英語で怒鳴ったトムの声を最後まで心配してた純ちゃんを大丈夫大丈夫と軽くおさめてしまったから、余計に心配させてしまったらしい。
「イギリスからの友達だってば。ちょっと声がでかい子なの」
「あ?もしかしてトム?」
いつからいたのか、隣でバックを机に置きながらゆーいちが会話に混ざってくる。
向こうがゆーいちを苦手としてるように、ゆーいちもトムがあまり得意ではなく、なんとなくゆーいちにもトムが来てることを言えずにいた。
「そうそう。一昨日の夜いきなりだったから言うの遅れたけど、トム来てるよ」
「ふぅん。あいつわがままだし自己中だから苦手」
「そんなこというなよー」
「てか、お前が甘やかしたせいで自己中でわがままになったと俺は思ってる」
「に゛ゃっ」
ゆーいちにピコンっとでこぴんをされ地味に痛む額を指で押さえた。
ゆーいちは最初こそ慣れないイギリスに戸惑ってはいたけど、気さくな性格だし、もう少しだけトムのトゲをなくしたら仲良くなれたはずなのにな。
「なに?トムってやつ自己中なの?ルリ、振り回されてない?大丈夫なわけ?」
トムを知らない純ちゃんが心配そうにオレを指差しながらゆーいちを見る。
「てか純也と結構似てるよ。イギリス版、原野純也って感じ」
「はー!?俺がわがままになるのはルリ限定だし!」
「ははっ」
なんだかんだ言って仲のいい二人はそのまま軽くじゃれつく。
オレは家に一人残してしまったトムのことを考えていた。
たしかにマイペースなところはあるけど、自己中ってわけではないと思う。
傷だらけのトムを初めて見かけたあの夜、ああこの子もなんだって思った。
オレだけじゃない。
みんな色々あるんだって、なんとなく一人じゃない気持ちになれた。
ゆーいちの家は暖かくて、オレを癒してくれたけれど同時に寂しさを浮き彫りにされるような、相対した気持ちがいつもまとわりついていた。
そんな中、誰とも馴染めずいつも傷だらけの不器用な彼を見てオレが守ってあげなきゃと思ったんだ。
喧嘩なんてしたことなかったし、殴られて痛かったし怖かった。
それでも、誰に頼ることも、拠り所を見つけることもできない不器用な彼を、もう傷つけてほしくないって思ったのは多分自分に重ねてたから。
トムの言う通りオレはエゴイストだ。
そんなオレのズルい部分を見透かしたように、いつまでもオレを嫌いだと言って突っぱねて、自分の世界を広げていくトムを見て、本当にオレは不要だったのだと微かに胸がいたんだ。
トムはもう抜け出したんだ。自分の力で。
それなのに、オレは相変わらずなにも変えられなかった。
オレだって一世一代の勝負に出て日本へ逃げてみたけれど、結局千に救われるまでなにも変わらなかった。
だから、トムはオレの憧れでもあるし、ずっと嫌われてるって思ってたけどこうしてわざわざ日本に来てくれたことからそうじゃないのかもって嬉しかった。
________
昼休み、お弁当を食べる前に紙袋をもって久瀬先生の元に向かった。
職員室のドアをコンコンとノックしてスライドすると、少し奥の席にいる久瀬先生を見つけて声をあげる。
「失礼しまーす。久瀬先生お手隙ですかー?」
オレの声に反応したように千と雅人さんが顔をあげる。
千と目があってスッと目を細められた。
朝、言ったもんね。微妙な顔されたけど。
「どうした?」
「少しお話があって今お時間大丈夫ですかー?」
「あ、ああ」
にこっと、笑って顔をあげると、久瀬先生もにこって笑ってくれる。
うんうん。この先生強面だし、笑ってた方がいい。
職員室の先の三段くらいの段差によって死角になるスペースに呼び出して昨日の物産展で買ったどら焼きの紙袋を差し出した。
「あの、オレの友人のことでご迷惑おかけしてすみません。久瀬先生がいてくれて助かりました。よかったらこれ、大したものじゃないんですけど」
「え!?いい!いい!あんなの、たまたま通りかかっただけなんだから!」
焦ったように断る久瀬先生はいつになく嬉しそうで、日本人特有の遠慮だろうとそのまま手の中に押し込んだ。
「もう持ってきちゃったんだから受け取ってよーごりりん」
「だから、その呼び方……っ」
「はい!もう渡したから返品不可でーす」
「っとに。アンジェリーは。……でも、律儀で偉いな」
呆れたように笑いながら、ぽんっとオレの頭に大きな手を乗せてくる。
撫でられるとは思わなかったら思わずビックリして、固まってしまった。
「あ……っと、悪い!つい!」
「あはは。オレがチビだからって子供扱いしたでしょー?」
焦って手を引く久瀬先生に大丈夫ですよ、と笑うと恥ずかしかったのか赤い顔をぽりっと指でかく。
なんか、物だけ渡してはいさよならってのも、愛想悪いよな。
「そう言えば、トムと待ってる間なに話してたんですか?あいつ日本語しゃべれました?」
「ああ。アンジェリーほど流暢じゃないけど。話してて楽しかったよ。お前って昔はヤンチャだったんだな」
「そんな話してたんですかー、あいつ」
ヤンチャって言っても自分から喧嘩を売るような真似はしなかったっての。
「それと……触れていいのかわからないけど、アンジェリーのご両親の話も聞いたよ。大変だったな」
哀れむような目を向けられ、ぎくっと息を飲む。
そんな話すんなよ、あのバカ。
内心舌打ちをしながら笑顔を保った。
「いいえー。噂が大袈裟なだけで、今は月城先生のおかげで穏やかに日本で生活できてるんで全然ですよー」
トムはオレが父さんに殺されかけた事を噂でしか知らない。
いくらでも誤魔化せるからいいけど、あまり言いふらさないでほしい。
「トム君、心配してたよ。いい友達をもったな」
……でも、トムがオレにイギリスに帰ろうといってくれたのは優しさだってわかるから、なにも言えない。
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