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置き去りのバレンタイン

「そういえばアンジェリー」 名前を呼ばれて、顔をあげる。 「お前……」 ピンポンパンポーン 「生徒のお呼び出しをします。2年1組リチェール・アンジェリー君。至急職員室まで来てください」 なにか言いかけた久瀬先生の声を遮って、校内放送が流れた。 今のは多分雅人さんの声。 戸惑いながら、雅人さんの声がした方と久瀬先生を交互に見ると、久瀬先生がどうぞと引いてくれた。 すみません。と会釈して職員室に向かうと、ドドドと向かいからすごいスピードで走ってくる純ちゃんが猪みたいに突撃してきそうな勢いで突っ込んできた。 「今ルリ呼ばれた!?次はなに!?」 「オレは何の常習犯なの」 突進してくる純ちゃんの体を受け止めながら苦笑する。 教室からここまでそれなりに距離あると思うけど、全速力で走ってきたのか、オレの戻りが遅いからって近くまで迎えに来てたのかどちらかわからないけど、お留守番のできない小さな子のようでかわいい。 「わかんないけど、呼ばれたからとりあえず行ってくるね」 「俺も行く!」 「だぁーめ。せめて職員室の外で待ってて?」 「でも俺お前がすぐ戻るっていって教室で5分はもう待ったし」 てことはすぐそこまで来てたんだな。 すねる純ちゃんの頭を数回撫でる。 どうしよう。かわいい。 胸に顔を埋めてグリグリしたいくらいかわいい。 「アンジェリーは原野のお母さんみたいだな」 後ろで久瀬先生がクスクス笑って純ちゃんがぴくっと不快そうに顔をあげた。 「は?てかなに?ルリのこと殴っといて図々しく話しかけてこないでくんない」 「こらっ!」 固まる久瀬先生にすみません!すみません!と何度も謝りながら逃げるようにその場を離れた。 「先生にあんな口の聞き方したらダメでしょ。将来生き辛くなるから我慢も覚えてね純ちゃん」 「やだ。むり。あいつ嫌い」 がるるっとチワワが警戒するように唸る純ちゃんに思わずため息をつきながら、本当はよくないけど雅人さんだしいいや、とひっついてくる純ちゃんをそのままに職員室のドアをノックした。 「佐倉せんせー。呼びましたかー?」 ドアを開けると、中に千はいなくすぐ手前の席で雅人さんと見覚えのある金髪が向かい合って話していた。 雅人さんが顔をあげて、金髪もつられてオレを見る。 目があって、思わず後ろに倒れそうになった。 『ト、トム!?』 『来るのおっせーよ!』 イライラした様子のトムに、頭を抱える。 なんで、学校に来ちゃうのこのばか。 『なにやってんのー!?てかどうやってここまで来たのっ!』 とっさに純ちゃんを掴みかかる勢いでトムに駆け寄るとしれっとイスにもたれながらどうでも良さそうに口を開く。 『うるさいなぁ。暇だったんだよ。日本の学校って乱入したら一緒に授業受けれんだろ?』 『受けれるわけないだろ。帰れ。今すぐ帰れ』 『あ?メイはサツキのところに突撃して一緒に授業受けれてただろ。あれはババア同伴限定か』 『ジ●リ限定だよっ!』 オレの言葉にトムは夢を壊されたと、青ざめて息を飲む。 バカなのか、こいつは。 『てか、あの家オートロックじゃん。どうせ帰れねーし諦めていさせろよ』 『……お・ま・え・は~……』 開き直った態度にまた頭を抱える。 そういえば一人でも学校までは来れるんだった。 ここまで来れるってことは帰れるだろう。 オレの鍵を渡して帰そう。 「オレのイギリスの友達です。日本に来たばかりでなにも知らないもので本当にすみません!急いで帰らせますんで!」 雅人さんや他の先生方に向かってがばっと頭を下げる。 見ると千はいなくて、多分たまたま席を外してたのだろう。 「いやいや。まぁ、外国で一人残されて不安だったのもわかるし、大丈夫だよ。月城先生も今三年の生徒が倒れちゃって手が放せないし俺が家まで送ろうか?」 相変わらず天使のように優しい言葉をかけてくれる雅人さんに、気が緩んで泣き付きたくなる。 『トムくん、だっけ?俺が送るから、ごめんね。ここの学校厳しいから放課後までルリくんの帰り待っててね』 流暢な英語。 千もだけど、いくら学校の先生だからってこんなに英語ペラペラなのはすごいと思う。 「トム!?」 ただ、トムの発音だけは日本らしい発音で純ちゃんが聞き取ってしまった。 トムの名前に敏感に反応して詰め寄ると、まじまじとトムを睨むように見る。 『なんだこのちび』 トムもトムで喧嘩を売られたと思ったのか、カタンと立ち上がり険しい表情で純ちゃんを見下ろした。

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