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置き去りのバレンタイン

「ルリ、こいつ連絡もなしにいきなり学校にきたの?」 純ちゃんがトムを睨みながらそう言うと、トムはぴくっと眉をしかめる。 『……ルリ、このサルに言いたいことあるなら英語勉強しろっていっとけ』 オレを挟むな! てかこの二人の相性最悪だな。わかってたけど。 純ちゃんに日本語でフォローするのも、トムに英語で嗜めるのも火に油な気がして苦笑いを浮かべる。 「こら原野くん。ルリくんの友達に変な態度とらないよー」 他の教員がいるからか、雅人さんが純ちゃんのことを名字で呼びながら嗜めてくれる。 純ちゃんが何かを言い返そうと口を開いたとき、トムがあっと口を開いた。 「クゼ!」 遠くを見るトムの視線を追うと、職員室に戻った久瀬先生がびっくりしたようにトムを見ていた。 「あ……トム、くん?どうしたんだ?また迷子?」 「NO. Recherllにアイに……アト、アンタにモあえてヨカッた。オレ、ここに、イレナイ。オクレ」 日本語本当に喋ってる! カタコトだけど、十分上手に日本語を喋るトムに驚いて、一瞬感動で頭が真っ白になる。 まって、こいつ今なんて言った? すぐにハッとしてトムの頭をすぱんっと叩いた。 『送れってなに!先生は忙しいの!久瀬先生に迷惑かけないで』 『いってぇな!久瀬に話があんの!』 『ならオレが伝えとくし、ほんっとやめて!』 オレに迷惑がかかるのはいいけど、他の先生やオレの保護者の千にまで迷惑がかかりかねないことに頭痛がする。 相変わらず悪びれた様子もなくトムがふんっと顔を背ける。 少しでいいから反省しろっての! 「いや、俺どうせ次、空き時間だし送るよ。トムくん、道はわかる?」 久瀬先生も了承しようとしていて、大丈夫ですから!と声をはる。 「なんなら、オレ早退させていただいていいですか?中間テスト絶対成績落とさず学年一位になるので!」 焦ってそう言うと、純ちゃんがすかさずオレにだめ!と抱き付いてくる。 それを見て雅人さんの笑顔がぴくっと黒いものになる。 どうしろっての。 「アンジェリーは周りに気を使いすぎ。俺はこれももらってるし、次もどうせ空きだから送るくらいなんともない」 な?と優しくオレの頭を撫でてくる久瀬先生の手を純ちゃんが0.5秒くらいで振り払う。 お前はオレの番犬か! とにかく、純ちゃんとトムを離したくて久瀬先生に甘えることにした。 「では……すみませんが、久瀬先生。甘えさせてください」 トムは久瀬先生にも会いたがってるようだったし満足そうに足を組んで頷き、純ちゃんはそんなトムを睨みながらオレの腕を折れそうなくらい強く握った。 ……オレ、圧倒的に純ちゃんに甘いよな。 だってかわいいんだもん。仕方ない。 ため息をつきながら、宥めるようにさらさらの黒髪をよしよしと撫でた。 久瀬先生や他の先生方にぺこぺこ謝って、トムを久瀬先生に任せると純ちゃんと職員室を後にした。 家に帰ったらトムとちゃんと話そう。 でもまずは。 「純ちゃん?オレのこと心配してくれるのは嬉しいけど誰彼構わず噛み付かないの。 久瀬先生の手叩いたらだめじゃん」 「だってあいつルリの頭撫でたし!気持ち悪い!」 不機嫌さ全開の純ちゃんにどうしたものかとため息をつく。 「撫でられるくらいなんだよ。先生として、でしょ?あの状況で面倒を請け負ってくれたんだし、他の先生もいたのにあーいうことしちゃうのは純ちゃんの評価に繋がっちゃうから気を付けよ?」 「無理。やだ。お前も触らせんな」 子供か。 いや、可愛いけど。 「てかさぁ、ルリ」 純ちゃんが足をとめてオレを睨む。 睨まれても、可愛いけどね? なんて、言ったら怒るんだろう。 「お前のその誰にでも優しいの、やなんだけど。 俺でこれだけ嫌なら、月城はもっとイヤだと思うよ」 少し真剣味を帯びた顔にドキッとする。 もしかして、わざとわがままに立ち振る舞ってたの? 「…前も同じように心配してくれたよね」 ごめんね、って純ちゃんの髪を撫でると少し表情が柔らかくなる。 「俺、そんなにトムってやつと似てる?」 あ、気にしてたんだ。 純ちゃんが不機嫌ながらも不安そうに首を傾げて目を向けてくる。 「真っ直ぐで気の強いところは似てるかもねぇ。でも純ちゃんには純ちゃんの、トムにはトムの良さがあるよー」 「じゃあどっちが……っ」 「うん?」 顔を赤くして純ちゃんの言葉が止まる。 少し置いて、赤い頬に不機嫌そうな顔をしてオレと目を合わせた。   「……俺の方が、ルリのこと好きだし」 オレの時がぴたっと止まる。 これが日本のツンデレってやつか。 胸に沸き上がる感情をゆっくり噛み締める。 うん、 抱いていいですか? 「オレも純ちゃんすきー!!!大好き!んもう大好きーー!今日を記念日にしたっていいよ!両想い記念日!!」 「うぜぇ!抱き付くな!きもい!!」 デレたくせにオレが抱きつくと顔を赤くして嫌がる素振りをする。 そんなこと全く気にならず顔をすりすりと埋めた。 トムは自分の力でイギリスで居場所作った。 オレは作れなくて逃げ出したけど、絶対に自分を好きだと受け止めてくれる、子供の頃からほしくて仕方なかった確かな想いが向けられてる暖かさにへにゃっと顔が緩んだ。 トムはオレの弱さを見抜いて昔からそばでオレを救ってくれていた。 今回だってイギリスで居場所をなくしたオレをついには迎えに来てくれてたけれど。 _____ねぇ、トム、オレやっとお前に胸を張ってオレはもう大丈夫だよって言えるようになったよ。

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