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置き去りのバレンタイン
久瀬side
謹慎が明けた日、気分は憂鬱だった。
生徒の軽蔑する目や、好奇の目。
耳に入る噂話。
怖がられながらも皆から愛されるような昭和の江戸っ子先生に憧れて教員を目指したはずなのに、大切な生徒を誤解して殴ってしまった。
もう俺の教師生命は終わりだ。
そう思ってたのに。
「ごりりん!久しぶり~!」
いつもは話しかけられない種類の生徒が明るく俺の肩を叩く。
嫌みではなく本当に、気さくに。
殴られたアンジェリーがあんなにも俺に気さくに接してくれたお陰だろう。
少し癪ではあるがあだ名までつけられて、生徒との関係は以前よりもよくなったと思えた。
それもこれも、全部あの少年のおかげ。
何なんだろう。あの子は。
なんで、殴った俺にこんなに優しくできる?
俺が謝れば、
「オレが泣いたせいで余計な負担かけちゃいましたねー。すみません。泣いちゃったのは色々重なっただけで殴られたせいじゃないです」
などと、何故かあっちから謝ってくるくらいだ。
なんで、と考えだすと止まらない。
もう終わりだと思った、最悪な環境から救い出してくれた優しさが不思議でならない。
謹慎明けで仕事は山積みなのに、ふとしたとき、頭はアンジェリーのことばかり考えていた。
そのせいで帰るのはかなり遅くなったその日、一人の外国人の男の子が校門付近でうろうろしていた。
金髪がアンジェリーを連想させ、思わず足を止める。
その子はトムといいアンジェリーの友人らしく、サプライズで来たようだ。
トムくんからアンジェリーが迎えに来るまでに聞いた話は壮絶だった。
昔、荒れてたのも意外だったけど、親に殺されそうになってたなんて。
あの笑顔の裏の悲しみを考えたら、胸がいたい。
黙って聞いてると、トムくんが日本でのアンジェリーはどうなのだと聞かれた。
「アンジェリー、か……」
英語は喋れないから日本語で話す。
「彼はすごく優秀でいい子だよ。……でも、俺が彼をどう見てるかは自分でもよくわからない」
口にしながら思い返していた。
性格は、ザ優等生って感じなのに、緩くて、でも過去を知れば儚くて。
あんな小さな体でニコニコ耐えていたのだと思うとなんとも言えない気持ちになる。
「……守ってあげたくなるような子だよ」
どこまで聞き取れたのかはわからないけど、トムくんはふーんとどうでも良さそうな声を出した。
その次の日アンジェリーは学校を休んだ。多分トムくんが来たからだろう。
今日は登校していた。
気がつけば遠くからでも目が追うようになっている。
トムくんにスマホを貸しただけで、律儀に折菓子とか持ってきたりさ。
今時こんないい子いるかよ。
なんとなく、気になる。それだけ。
そう自分に言い聞かせて、トムくんを助手席に乗せた。
「アンタさ」
車に乗り込んでトムくんが唐突に口を開く。
ちらっと目を向けると強気な目に楽しげに弧を書いた口元は何かを企んでいるように見える。
「Recherllのコト、好きダロ」
…………は?
言われた言葉が理解できず時が止まる。
好き?
俺が?アンジェリーを?
ふいに俺がアンジェリーを殴ってしまった日、保健室で秋元がアンジェリーに深いキスをした光景が頭に過る。
"こいつが男でしか感じられないとこ、証明しましょうか?"
今更ながらあの時のことにカアッと顔が熱くなる。
好きって?あり得ない!
「ないないない!あるわけないだろ!男だし!」
あわてて否定すると、トムくんが面白くなさそうにスッと目を細める。
「Recherllのコト、たいせつにしたいっテ言ってたクセに」
いや、言ったけど!これとそれは別だろう。
何だかこの会話はざわざわして気持ちが落ち着かない。
早く月城先生の家につかないかと気持ちは急ぐのに信号にやたらとひっかかる。
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