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置き去りのバレンタイン
リチェールside
トムが千を好き?
いや、そんなまさか……。
そう思うのに、夕べ二人で仲良く遅くまで話してたことに今さら焦りが込み上げる。
動揺してると、久瀬先生がほら早くスマホ出してと、急かしてきた。
千が久瀬先生と話すのを少し嫌がるから、オレは千に片想いしてる大勢のうちの一人って周りに公言したら、少しは安心するのかなぁって思ってたら、やさしい久瀬先生の前では裏目に出てしまった。
っていうか、モテるのは知ってたけど、手紙とか呼び出しとか聞いてない。
オレの不安が千を傷つけてしまわないよう強くなりたいと思ったばかりなのに、こういうことに直面するとどうしても不安になる。
早く千と話して安心したくて、久瀬先生とさっさと連絡先を交換してその場はさよならをした。
今日はバイト休みだし、家に帰る前に千と二人で話がしたい。
急ぎ足で保健室に向かって、ドアをノックする。
中からすぐ、千が「はい」と返事をしたからドアをスライドさせた。
「リチェール?どうした?」
中に生徒はいなく千がイスごと振り返る。
どうしたって訳じゃないんだけど、少し不安になって顔が見たかった。
大体、千にトムって千のこと好きなのって聞けるわけでもないし。
「あ…トムがね昼休みに学校に来ちゃってて。久瀬先生が送ってくれたのきいてる?」
「あー、佐倉が言ってたな。お前のことだし、俺からも礼を言っとく」
「ううん。お礼はもうオレが言ったから大丈夫」
「てか、リチェール。鍵閉めてこっちこい。お前なんか変な顔してる」
おかしいな。不安がバレないようちゃんと笑ってたはずなのに。
変な顔ってなんだよーって笑って誤魔化そうとも思ったけど、手を広げて迎えてくれようとする千の誘惑に抗えなくて、鍵を後ろ手で閉めて千の胸に飛び込んだ。
「久瀬になにかされたか?」
千の大きな手が優しくオレの髪を撫でてくれる。
「ううん。でもね、トムから昔の話聞いたみたいで色々と心配させちゃったみたい」
「それで気を許したとか言うなよ」
「許すもなにもオレは月城先生に片想い中ですから一緒に住めて楽しいですっていったよー」
「仲良く夫婦生活送ってますって言ってやれ」
冗談めかした千の声が心地いい。
言えるわけないのに、そう言ってくれるだけでもなんだか心が丈夫になる。
「ふふ。夫婦だってー。
久瀬先生に余計心配されたよー。千よく手紙とか呼び出しとか好意を受けてるからライバル多くて辛いだろって。千、告白されたって話聞いてないんだけどオレが知らないところでいっぱいされてたのー?」
体を少し放して顔を覗きこむと、千がしれっとした顔で「そう言えばそう言うこともたまにあったな」と言う。
いやいやいや、そう言えば、じゃないし。
ズキッときて、同時にイラッとくる。
「オレ、聞いてない」
千の顔を辛うじて笑顔で見上げるの、千がどうでもよさそうに小さく息をつく。
「言ってどうすんだよ。どうせ断るんだし関係ないだろ」
……千のこう言うところ、相変わらずでほんと久々にイラッとする。
まさか、たとえばだけどトムに告白されてもなにも言わないとかありえないよね。
てか昨日の夜もう告白されてた、とか。
これがオレの早とちりなら失礼だ。
聞くに聞けない。
不安が9、苛立ち1。
でも千が、オレが不安になるからって黙っていてくれたのもわかるから、結局文句も言えない。
考え込んでると、スマホのバイブに遮られた。
ポケットから取り出して確認すると今連絡先を交換したばかりの久瀬先生からだった。
「ごめん、電話」
千から体を離して電話を繋いだ。
「もしもしー?」
「アンジェリー、まだ校内にいるか?」
「え?はい」
なんだろう。まだなにか話あったのかな。
「よかった。さっき話してた所にピアス落ちてたんだけどいつもアンジェリーがつけてたものじゃないか?黄緑の小さいストーンが入ったやつ」
言われて自分の左耳に触れる。
本当だ。
いつも付けっぱなしで忘れがちだけど片方だけ空いた耳にあるはずのピアスがなくなっていた。
「あ、すみません。多分オレのですー」
「よかった。今どこにいる?届けるよ」
「いやいや、オレがいきますよー。久瀬先生今どこですか?」
「中庭」
「わかりました。すぐ向かいますー」
一度失礼しますと電話を切ると、取り敢えず中庭に向かおうとスマホをポケットにしまう。
「ごめん。オレいくね」
「今の、久瀬?」
そのまま保健室を出ようとすると不機嫌そうな声の千に引き止められた。
そう言えば、言うべきだったかもしれない。
そう思うけど、さっきの千が言った関係ないって言葉がどうしてもオレを素直にさせてくれなかった。
「そうだけど」
「なに連絡先交換してんだよ」
「久瀬先生は心配してくれてるんだよ、あくまで教師としてね。
それだけじゃん。人の厚意くらい素直に受けとるよ、オレは」
「あぁ?」
オレの反抗的な反抗的な態度が伝わったのか、千が不快そうに声を低くする。
「好意を寄せられてたら話は別だけど。その時はちゃんと言うよ」
どっかの誰かさんは隠してたけど、という皮肉を込めて苛立ちのまま言葉を続けた。
「関係ないんでしょ」
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