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置き去りのバレンタイン

久瀬先生からピアスを受け取って、水で洗ってアルコールをかけるといつも通り左耳につけた。 千から少し離れるとだんだん冷静になってくる。 「やらかした……」 千は一度もこんな子供っぽい八つ当たりなんてしないのに。 勝手に不安になって、勝手にムカついて八つ当たりして。 ほんと、ガキかよ自分。 この後悔何度目だろうと数えてまたため息をついた。 オレの不安が優しい千を傷つけてしまわないよう強くなろうって決めたはずなのに。 中々変われなくて、ぶつけちゃいけない八つ当たり方を繰り返してして、最悪だ。 千も絶対今頃、あのくそチビばかガキ虫、素揚げにしてやるとか思ってる。 「ガキ虫とかひどい~……」 はーぁ、と顔をおおって深くため息をつくと、またポケットの中でスマホが鳴った。 千かと思い急いで取り出して画面を見る。 そこには、最近入ったばかりのバイト仲間からの着信が表示されていた。 「はい、もしもし」 「あー、ルリ?俺、俺」 「あ、うん。どうしたの?」 「俺今日出勤なんだけど、熱がぽんって出ちゃって休みたいから代わりに出勤してくれない?今日スタッフぎりぎりみたいなんだよねー」 言われてシフト表を見ると、たしかに今日はバイトリーダーの光邦さんも休みでいつもなら最低5人で回すお店が4人だし、これでさらに一人抜けるのはキツい気がした。 頭冷やしたかったし、ちょうどいいかも。 「わかった。草薙さんには伝えてる?」 「ううん。休むことも伝えてない。伝えといて」 「え、それだと竜矢くんの評価悪くなるよ?休むなら自分ですみませんって連絡しなきゃー」 「いーから、いーから。じゃ、よろしくな!」 「ちょっ」 まって、という前にさっさと電話を切られてしまいイラッとしてしまう。 19歳らしいから、オレより2歳年上らしいけど、これどうなの。 心底呆れながら仕方なく草薙さんにそのまま連絡する。 「オッケー。あとで竜矢くんには俺から電話しとくよ。ごめんね、ルリくん。無理強いされてない?今日予定とかなかった?」 「大丈夫ですよー」 「ありがとう。助かるよ。暇そうなら早めに帰してあげれるようにするからね」 「はーい」 穏和な草薙さんも、欠勤の多い竜矢くんには呆れてるようだった。 とりあえず、今日はオレが出勤することにして電話を切ると、そのまま千の番号を出して、やめた。 代わりにメッセージアプリを開く。 "今日はバイト出勤することになりました" それだけ打って送信するとそのまま返事は待たずにスマホをポケットにしまう。 もう少し素直になるために時間がほしかった。 高校生ということを隠してるからいつもは着替えを持ってるけど今日は急な出勤だから一度家に着替えに帰らなければならないし、トムにもこのこと伝えなきゃと急ぎ足で家に向かった。 オレの鍵は昼トムに渡したから、チャイムを鳴らしてトムに開けてもらう。 『おっせーよ。リチェール』 不機嫌そうに出迎えたトムに申し訳ない気持ちになりながら謝る。 『ごめん。しかもバイトが入って今からまた出なきゃいけないんだよね』 『はぁっ!?』 『帰りは10時くらいになると思う。でも、あと1時間くらいで千も帰ってくると思うから、ほんとごめん!』 バタバタ着替えながら早口にそう伝えると、トムは急いでることを察してくれたのか、仕方なさそうにわかったと言ってくれた。 『じゃあ、行ってくるね。そのまま鍵はもってていいから。近くのコンビニ行くにしても迷子になるなよ?お金は足りてる?』 『あ?大丈夫だよ』 『念のため二千円置いとくから、千の帰りが遅そうなら先になにか買って食べておきなね』 『いーから早く行けよ。急いでんだろ』 『うん、ありがと』 お店で着替える時間短縮のため、制服の黒いスラックスとシャツをここでつけてダッフルコートを羽織るとそのまま急ぎ足に家をあとにした。 帰ったら千にちゃんと謝ろう。って、このときは思ってた。 久瀬先生と連絡先を交換したのは不安で早く千と話したくて、手っとり早くその場を離れるためだった。 千が久瀬先生をよく思ってないのわかってたのに軽率だったごめんなさいって謝って。 でもやっぱり、不安にはなるけど告白されたりしたなら教えてほしいって伝えよう。 教えられたからって、また千に不安をぶつけてしまうかもしれないけど、少しずつでも強くなりたい。 この先ずっと千といる未来を信じれるようになるために。 だから帰ったらちゃんと、まずはごめんなさいって言う。 そう自分に誓いをたててエレベーターを降りた。

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