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置き去りのバレンタイン
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出勤してしばらくすると、紙ナフキンが切れてることに気がついてバックヤードに取りに行くと更衣室から揉めてる声が聞こえた。
どうしたのか気になって見に行くと、珍しく厳しい顔した光邦さんと、今日熱がぽんって出ちゃって休むといった竜矢くんが睨み合っていた。
「ど、どうしたのー?竜矢くん、お熱大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。こいつ遊んでたから」
竜矢くんに聞いた内容を光邦さんが厳しい声で答える。
何となく、話が読めた。
光邦さんは、教育係だから。
取り敢えず、こういうずる休みを許したら示しがつかないからと、そのまま竜矢くんは出勤になった。
「ルリくんどうする?用事があったなら、早上がりしてもいいよ?それとも折角来てくれたんだしいつもの時間まで働いて別の出勤の日休む?」
気遣ってくれる草薙さんに、どうしようか考えてお店の状況を見る。
予約のお客さんはもう来てるし、全体的に落ち着いてる。
まだ8時前だしこのまま今日は帰ろうかな。
元々出勤の竜矢くんも来てるわけだし。
「ありがとうございますー。じゃあ今日はあがらせてもらいますねー」
「うん、今日は急にごめんね。本当にありがとう。すごく助かったよ」
草薙さんが申し訳なさそうに更衣室まで話ながらついて来てくれる。
タイムカードを押して、腰に巻いたエプロン脱ぐとコートを羽織った。
「じゃあお先に失礼しますー。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様。気を付けて帰ってね」
草薙さんに見送られて裏口から出ると、そのまま駅に向かった。
スマホを取り出して確認すると千からの返信はなかった。
ムカついただろうな。
今から帰るって連絡してみようかとも思ったけど、直接会って謝るべきだと出したばかりのスマホをしまって足を進めた。
そして、電車を降りて千の家に向かう途中のファミレスで足が止まる。
気付かなければよかった。
後でそう深く後悔する。
もしくは、バイトを残っとけばよかったかもしれない。
そんなことを思っても、もうあとのまつり。
ファミレスの階段から、仲良さそうに降りてくるトムと千の姿に一瞬時が止まった。
トムの頬はほんのり赤くて、見たことないような楽しそうな顔で、久瀬先生が言っていたことが本当だったことを物語っていた。
「せ……」
名前を呼ぼうとして、喉がひどく痛んだからやめた。
二人はオレの目の前で、楽しそうに車へ向かう。
だめ……助手席に乗ったら、やだ。
そう思うのに体が動かない。
今、言葉を発してしまうと、二人を傷付けるような言葉が出てしまいそうで、唇を噛んで堪えた。
そして車で離れてく二人を呆然と見つめて、しばらくその場から動けなかった。
………昨日までのオレなら、千にトムの面倒見てもらったって感謝はしてもこんな感情にはならなかっただろう。
別に、浮気なんて思ってない。
オレがご飯つくって出なかったから、外に食べに出た。
それだけだってわかる。
わかる、のに。
「………っ」
胸が痛い。
だめだ。不安になるな。
オレの不安は、千を傷つける。
トムだって、せっかくオレのためにわざわざ日本に来てくれたのに。
気まずい思いなんて、させちゃだめ。
そう思っても、動揺してうまく笑えない。
千は告白されてもオレに言わないし、もしかしたら昨日の夜……。
「……アホか」
小さく毒づいてバカな考えを振り払うと、くしゃっと前髪をかきあげて目を覆った。
2月の夜は寒い。
早く家に帰ろうって思うのに、足が重たくて進まなかった。
バイト先から、次真っ直ぐ帰らなかったらやめさせるからな、だっけ。
心配してくれる千の言葉を思い出して、一歩ゆっくり足を進めて、また止まる。
……でも、今日バイト早上がりになったって教えてないし、寄り道したってバレないかも。
気持ちが落ち着くまで少し休もう。
今二人に会ったって、上手く笑える自信もなかった。
こんな嫌な感情、優しい二人には絶対バレたくない。それだけだった。
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