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置き去りのバレンタイン

リチェールside 追いかけてくる雰囲気があったから、出来るだけ複雑な小道を選んでしばらく全速力で走った。 後ろから追いかけてきていないことを確認するとようやく足を止めて大きく息をついた。 ……オレ、足早くてよかった。 あがった息を少しずつ整えながらゆっくり歩き出す。 「どうしよう……」 逃げ出したところで行くあてなんてないのに。 まぁ、頑張ってバイトして貯めたお金も全然千は生活費として受け取ってくれないし、何をするにしてもオレにお金を使わせないからそれなりに貯まってるけど。 17歳。どこが泊めてくれるのだろう。 ネカフェとかでいいかな。 同棲始めたのは早計すぎたかも。 鳴りっぱなしのスマホを取り出して、電源を切った。 今はどうにもひどい言葉しか出てきそうにない。 こんなみっともない感情をぶつけて、2人を傷付けたくない。 「アンジェリー?」 行くあてもなくトボトボ歩いてると後ろから呼び止められた。 振り返ってって後悔する。 無視して人違いを装い逃げればよかった。 そう思ったときにはいつも遅い。 バイクにまたがった久瀬先生が心配そうな顔をして見ていた。 「どうした……?やっぱり家に居づらいんじゃないのか……?」 「いえ、コンビニにおやつ買いに行こうと思って」 「……コンビニもっと近くにあったと思うけど?」 笑顔がピシッと固まる。 このオレが、こんな穴だらけの嘘をつく日が来るなんて。 ほんと、恋すると冷静でいれなくなる。 苦しい笑顔で言葉を濁したオレに大袈裟なほど呆れたため息をつく。 「アンジェリー、お前はもう少し大人を頼るべきだ。今日は俺の家に泊まれ。危ないから」 「え、いや……」 「いやじゃない。もうだめ。見過ごせない」 強引な久瀬先生に、焦りが募る。 なんというか、この人についていってしまったら、それこそもう千の元には戻れないような予感と言うか。 千が久瀬先生とあまり仲良くしてほしくないという気持ちにも、こんな状況だからって背きたくない。 それに、久瀬先生はオレのこと純粋に生徒だから心配してくれてるだけってわかるけど、カズマさんの時だって結局千を裏切る形になってしまった。 男の人と二人っきりと言うのは、しばらく控えるべきだよう。 「すみません。大丈夫です」 有無を言わせないようにこっと笑うと、ショックを受けたように久瀬先生の瞳が揺れる。 「やっぱり、殴った俺なんかの家は怖いか?」 そんなこと、忘れてた。 千のことで頭がいっぱいすぎて。 ここで、そうですね。まだやっぱり怖いですって言ってしまうのは簡単だけど、一度非を認めて謝ってくれた人がいつまでもその事に囚われてほしくないと思ってしまう。 「久瀬先生、そのことは本当になんとも思ってないので忘れてください」 ね?と首をかしげて見上げると、久瀬先生が痛みを我慢するような顔をして黙った。 どうしよう、と考えてると「ルリ?」と、第三者の声に遮られた。 声のする方へ目を向けると、綺麗な黒髪美人が相変わらずの無表情でたっていた。 「暁さん!」 暁さんはオレと久瀬先生を交互に見て、一瞬顔をしかめるとオレの手を掴む久瀬先生の手をやんわり振りほどいた。 「すみません。俺の連れになにか?」 思いっきり不審者を見る目の暁さんに、久瀬先生が動揺したようにあたふたする。 「え、あ、ちが…こんな時間だから心配して……」 「そうですか。なら俺はこの子の兄のようなものなのでもう安心してください。失礼します」 「あ…ちょっと……っ!」 後ろでまだ何か言ってる久瀬先生を無視して暁さんはオレの手を引いてスタスタと中々のペースで歩き出した。 「あ、暁さ……っ」 「あいつからもう少し離れるまで待って」 オレの言葉に振り返りもしないでそのまま久瀬先生の声がなくなるまで歩くと、くるっと振り返った。 その表情はどこか不機嫌にも見える。 「大丈夫?あいつになにもされなかった?」 暁さんは完全に久瀬先生を不審者だと決め込んでいる。 すごく助かったのは事実だけど、なんだか久瀬先生が哀れだ。 「大丈夫大丈夫!さっきの人知り合いだし!」 「え!そうなの?ごめん」 しまったと口元を手で隠して苦い顔をする暁さんに慌てて否定する。 「ううん!でも、離してほしくて困ってたから助かったよ。ありがとうー」 へらっと笑うと、暁さんがお前なぁと呆れたようにため息をついた。 「知り合いなら尚更無駄にイエスマンだもんな」 指で額を弾かれ、その通りだと苦笑する。 「なに?月城さんと喧嘩?」 そして鋭い一言にドキッとする。 でもすぐに、首を降って笑った。   「そんなことないよ」 「嘘つけ。喧嘩でもしてなきゃあの人がこんな時間にお前を一人で出歩かせるわけないだろ。てか、喧嘩してようがこの時間に出歩かせないな。あの人なら」 一度千の過保護っぷりを見たからか、暁さんは何でもお見通しと言うようにため息をつき、黙り混んだオレの頭をくしゃっと撫でた。 「とりあえず、帰りたくないならウチに来れば?」 ありがたい申し出だけど、いくらなんでもそれは申し訳なさすぎて気が引けて手をぶんぶんふった。 「え、いいよ!そんな、もうしわけなひ」 申し訳ないし、と言いたかった言葉は頬をつねられ止まってしまう。 「いいから来い。断るなら月城さん呼ぶからな」 それは、困る。 今はまだもう少し離れて気持ちに整理をつけたかった。 でも行くあてがなく途方にくれていたのも事実で有り難く申し出を受けることにして小さく頷いた。

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