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置き去りのバレンタイン
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「なるほどねぇ。それで酷い言葉を言って傷付けたくないから飛び出てきたと」
温かいミルクティーを飲みながら暁さんはふぅっと息をつく。
何があったのか聞かれ、笑ってごまかそうとしたら千に電話をかけようとする暁さんに焦って仕方なく打ち明けた。
トムが千のことを好きかもしれないことや、千が久瀬先生をあまりよく思ってないことやその原因となったときのこと思い出しながらポツポツ喋るオレを何もかも見透かすような濃藍色の瞳は真っ直ぐ映してくる。
「……ルリの悪い癖だね」
「え?」
黙って聞いていてくれた暁さんがポツリと一言呟いて顔をあげた。
「悪い癖だよ、ルリ。月城さんが可哀想」
千が、可哀想?
千によく迷惑をかけてしまうから、その事だろうか。
「トムとか、久瀬とか関係ない。信じてやれよ」
本当に、その通りなんだけど。
自信がない。
オレなんかが、どうして好きになってもらえたのかさえわからないのに。
曖昧に笑って、そうだねというオレに、暁さんが呆れたように目を細める。
「ルリさ、久瀬は勘違いしてルリを殴ったから気にしてくれてるだけだって言うけど、俺だって月城さんと同じ意見だよ。ルリだって月城さんが殴られて、その相手から話しかけてくるからって普通に月城さんが接してたら嫌だろ」
「……うん」
それは本当に嫌だと思う。自分でもよくわかる。だから久瀬先生とは距離を置きたいとは思うけど、いつまでも殴ったことを気にしてほしくなんてない。
「トムのことも、ルリの友達だから気にかけてやってるんだろ?あの、よく店に来る月城さんの友達のさ、ほら、美人の……蒼羽さん?のこと、ルリだってよくしてあげようって思うだろ」
わかる。わかるけど。
「……自信がない」
オレと千の好きはイコールじゃない。
オレばかりが好きで、それをべつに不満にだなんて思ってないけど、不安はある。
あんなに、かっこよくて優しい人にそばにいて貰えるオレは幸せ者だ。
だから、オレだけがこの人のかっこいいところを知ってたらいいのにとか、オレだけを見てほしいだなんて、ワガママ言うつもりはない。
でも不安なんだ。
オレがこんなにも小さい人間だから、身の程知らずな幸せが相変わらず、たまに苦しい。
酷い言葉を言わせないで、お願いだから。
嫌われたくないし、傷付けたくない。
強くなろうって決めたのに。
ウジウジ悩んでると、ため息混じりに暁さんが気持ちはわかるよ、と頭を撫でてくれた。
それだけで少し気持ちが軽くなる。
……せめて、あの優しい彼が心配しないよう、暁さんといることだけでも伝えようとスマホの電源をつけた。
すごい件数の着信履歴に胸がいたくなる。
「あ、月城さんに連絡?えらいね、お前は」
ぽんぽんと暁さんが頭を撫でてくれる。
それから綺麗な顔でふわっと微笑んだ。
「偉くなんてないよー。千にこんなに心配かけて、さいてー。だからガキなんだよね、オレって」
自虐的に笑うと、ひとくちミルクティーに口をつけた。
「俺も前の彼の時はありえなかったけどさ」
暁さんが唐突に小さく口を開いた。
目を向けると、すごく優しい顔をしていて、当時のことはもう本当に、思い出なのだと物語っている。
「光邦が甘やかしてくれるから、たまにめちゃくちゃ困らせたくなって色々やるんだよね。音信不通のまま3日くらい旅に出てみたり」
「ふはっ。暁さんが?」
そんな子供っぽいことをやるってことが少し意外で笑ってしまう。
あいつとは勿論、光邦さんのことだろう。
いつもケラケラ笑って明るい光邦さんが焦ってる姿も簡単に目に浮かぶみたいだ。
「原因もさ、今思えば割とくだらないことなんだよね。外で声かけたのに気付いてくれなかったとか。
でもさ、何て言うのかな。あいつって俺のこと好きってわりにはいつもなんか余裕に見えると言うか」
そうかな?オレは光邦さんが暁さんにずっと片想いしてたの知ってるからそう思わないけど。
「ルリに偉そうなこと言っといてさ、俺の方がガキだし相手に酷いことしてるからね?
ルリは偉いよ。傷つけたくないからって離れるとか。俺なんて追いかけてほしいから離れたりするし」
「それはふたりが両想いだからできるんだよー。そんなことしたら、千に嫌われそうで怖い」
「ははっ。わがままで贅沢だろ?」
曲げた膝の上にコツンと頭を傾げていたずらっぽく笑う暁さんにきゅんっとする。
きっと、恋愛の嫉妬とかやきもちとか、オレが嫌いな感情とも仲良く楽しんで恋をしてるのだろう。
だから、こんなに堂々としていられるんだ。
「わがままで贅沢してるから、幸せ者なんだよ俺は。わかる?」
目が合ってドキッとする。
わかる、気がする。
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