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置き去りのバレンタイン

  また、スマホが着信を知らせる。 既に千と離れて1時間くらいたってるのにと思うと、胸がきゅっと締め付けられた。 電話をとろうか、どうしようかとあたふたしてると、暁さんがとれよって背中を押してくれた。 おそるおそる指を画面の上でスライドさせる。 「リチェール!?今どこだ!?」 繋がった瞬間、珍しくあらげた千の声が届き、とっさに言葉につまる。 「……あ、えっと、ごめんなさい……」 「今どこにいるかって聞いてんだけど」 不機嫌な言葉に萎縮してしまう。 どうしよう。やっぱり嫌われたかも。 「あ、暁さんと……」 お願い、今はトムの声だけは聞こえないで。 また、酷い言葉を言ってしまいたくない。 「は?バイト先の?」 「あの、さっき、暁さんが声かけてくれて……ごめんね。逃げ出して……」 「迎えにいく。場所は?」 「あ、あの……」 苛立った様子の千に口ごもってしまう。 今はまだ会いたくないって言って電話を切ってしまいたい。 後ろからトムの声も近い距離で聞こえて、下唇を噛んだ。 うつむいたとき、スマホを持つ手にオレより一回りほど大きな手が重ねられた。 「月城さん、お久しぶりです。高木です」 穏やかな声で話し始めた暁さんはするりとオレの手からスマホを抜き取りオレの頭を軽く撫でた。 「ルリのこと今夜だけお借りできませんか?ちゃんと明日には返すので」 千と2、3会話をして電話を終えた暁さんはオレを見て優しく微笑む。 「今日は少し月城さんにはモヤモヤしてもらって明日はちゃんとごめんなさいって言えよ」 すごい。外泊の許可でたんだ。 千も暁さんと一緒ならって許してくれたんだろう。 「ありがとう、暁さん。何から何まで……」 「いいよ。それより明日バレンタインじゃん。ちゃんと準備してる?」 それが、純ちゃんからさっき突然高熱が出たから明日は学校を休むことにしたらしく、バレンタインはパスだと連絡が入っていた。 のうのうと家に帰ってキッチンでチョコを作るのもなぁ、と思うけどバレンタインって仲直りのいいきっかけだし逃したくはない。 七海先生はゴディバのチョコがいいと言っていたし今年は無難に買おうと思っていた。 「んー。明日、買いにいくつもり」 「あ、まだ準備してなかったんだ?」 それならよかったと、暁さんが嬉しそうに笑う。 「俺さ、実は料理そんな得意じゃないんだよね」 「え?そうなの?意外ー」 キッチンのヘルプにも入るじゃんと言えば、人から教えられた通りにしか作れないと言う。 レシピを見て自分でというのは苦手らしい。 「あいつ超モテるし。たまにはびっくりさせたいんだよね。ルリ料理得意でしょ。教えてよ」 「え、いいけど。場所借りていいのー?」 暁さんは器用だし、本当は作れと言われたらレシピを検索して作れるのだろう。 多分仲直りのきっかけと、オレが考え込み過ぎないよう気を使ってくれてるのだと思う。 翌日、少しお互いの恋の話もしながらも暁さんとチョコを作るのは楽しく、自分でも100点満点だと思う出来映えのチョコが少し勇気をくれた。 「ルリ、がんばれよ」 「うん、暁さん本当にありがとう」 千に不安だったと素直に言えそうだと綺麗にラッピングしたチョコをもって暁さんの家を後にした。

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