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置き去りのバレンタイン

トムはあからさまにムッとした表情を浮かべ、オレを睨む。 ああ、いやだ。 トムと喧嘩したい訳じゃないのに。 『なに、俺は関係ないとでもいいたいわけ?』 『……そうだね。巻き込んで悪いとは思うけど、千と二人で話し合うことだって思う』 『はぁ?あのさ、いつまで千と付き合ってる気でいんの?昨日逃げたくせに』 オレが千から逃げて、千が他の人としたのなら、たしかにお互い話さずとも別れたと言うことになるのかもしれない。 でもそれが事実なら、だ。 お願い。千、早く帰ってきて。 俺がリチェール意外とするわけねぇだろってオレに笑って。 ポーカーフェイスを気取ってるけれど、内心気を抜けば泣きそうだった。 千が、他の人としたかも知れないとか、想像だけでも耐えられない。 「リチェール?」 殺伐とした雰囲気の中、一番聞きたかった声が聞こえどくん、と大きく心臓が跳ねた。 「せ……」 振り返って名前を呼ぼうとすると、千が気まずそうに顔をそらした。 「……どこまで聞いた?」 言われた千の言葉に心臓を刃物で切り裂かれるような痛みが走る。 なに、それって、まるで。 「ほん、とに……」 誰にも聞こえないような小さな声がポツリとこぼれた。 本当に、したみたいな台詞だ。 くらっと目眩がして、チョコの入った紙袋が地面に落ちた。 うそ……ほんとに………? 『……ごめん、千。昨日のこと俺リチェールに話しちゃった』 トムが申し訳なさそうに言う。 信じられない気持ちで千を見ると、何かを言おうと口を開いた。 ____悪いとか、ごめん、とかさえ。 今は、聞きたくない。 「リチェ……」 「いい」 千の言葉を気がつけば遮っていた。 「大丈夫。大体わかった。何も言わないで」 こんなの、悪あがきだ。 わかってるのに、現実を受け入れられなかった。 "ごめん、シた" こんな台詞、千の声で聞きたくない。 ぐわんぐわんと脳が揺れ、フラッとした体を千が支えようと手を伸ばしてくれる。 咄嗟に、その手をパシッと振り払ってしまった。 「リチェール?」 「……っ、ごめん。ちょっと、時間ちょうだい」 ああ、なんか、逃げ出したい。 逃げてばかりな自覚はあるけど、どうしても一旦離れたかった。 千と付き合ってからも、何度も男性と体を重ねてしまったオレを千が許してくれたように、オレも千を許したい。 ううん。許すから、2番目でいいからそばにいさせて、捨てないで。 ……それでも本当はオレだけだって言ってほしかった。 いろんな感情入り交じってどうにも頭が冷静でいられない。 逃げようと一歩後ずさると、トムが乱暴にオレの腕をつかむ。 『逃げんな!』 ガサッと音が聞こえて、足元を見ると、トムに踏まれて形を変えた紙袋が落ちていた。 "これで月城さんとの仲直りはバッチリだね" チョコレートを頬っぺたにつけて優しく微笑んでくれた暁さんの顔が浮かんで胸がギュッと締め付けられる。 「おい、トム足……」 千がそれに気が付きトムの手をつかんでどかせようとする。 悲しさとか、情けなさとか、いろんな感情が込み上げて気がつけばトムを振り払い、そのまま千に振り下ろした。 パシン、と渇いた音が響き空気が凍り付く。 「だいっきらい!!好きとか、愛してるとか、適当なことばっか言いやがって!!別れるから好きにすれば!?」 「………は?」 千は叩かれた頬を押さえることなく、冷たくオレを見下ろす。 その視線に耐えきれずに下唇を噛んで、紙袋を拾い二人から逃げるようにその場を走り去った。

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