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嘘つきトライアングル

トムside リチェールが出ていった昨晩、リチェールの知り合いから泊まらせると連絡を受けてから、千は落ち着いていつも通りソファでパソコンに何かを入力していた。 『千、寝るときの服借りていい?』 『好きなの、どーぞ』 なんとなく返事も上の空だ。 リチェールは人から愛される性格だと思う。 だから、イギリスでも人の中心にいたし、リチェールを幸せにしたいと思う人は月城だけじゃない。 久瀬とか、かなりリチェールのこと気に入ってるし。 だから、千じゃなくてもいいだろ。 千が俺に優しいのはリチェールの友達だからってわかるけど、あの優しさが俺に向いたらどんなに幸せだろうって思ったら止まらない。 『千、リチェールのこと怒ってる?』 パソコンに向き合う背中にそっと近寄る。 千は顔をあげて、笑ってくれた。 『気まずい思いさせて悪いな。 あいつが戻ったらせっかくイギリスから来てる友達放ってなにしてんだってきつく叱っとく』 あれだけ揺さぶりをかけたのに、あくまでリチェールと別れる気はないらしい。 ギりっと奥歯を噛む。 『リチェールの浮気、許すの?』 そう言うと、月城はふっと余裕の笑みを浮かべた。 『浮気なんてリチェールがするわけないって言ってるだろ?あいつ俺のことを大好きだからな』 見ててわかるだろ、と当然のように言われ、焦りが募る。 さっきは微かに動揺してたはずだ。 それなのに、なんで。 考え込んでると、千はぽんっと俺の頭に手をおいた。 『リチェールのこと連れ帰りたいのはわかるけど、あいつもう俺のだから勘弁して』 かわりにちゃんと定期的に会えるようにはするから、と笑う顔に胸がズキズキと痛んだ。 たしかに、連れて帰りたかったけど、今は違う。 『……俺は、あんたがほしいんだよ、千』 リチェールのように俺を大切にして、愛してほしい。 気が付けば椅子に座る千の肩に手を起き、唇を重ねていた。 千は一瞬だけ目を見開き、すっと冷たく細めた。 『悪いけど、そう言うことならお前とは仲良くできない』 急に冷たくなった態度に、え、と狼狽える。 千は立ち上がりカバンとコートを手にした。 『部屋は好きに使っていい。ただ、リチェールには何も言うな。俺がタイミング見て話す』 『は?どこ行く気?』 もう0時前なのにすたすたと玄関に向かう姿に焦って引き止める。 けれど、千は『早く寝ろよ』とだけ言って家を出ていってしまった。 一人残された部屋で呆然と立ち尽くす。 好意に慣れてるのか、告白してもなにも表情を変えない。 強いていうなら、めんどくさそうだった。 リチェールのことなら、怒ったり動揺したりしてたくせに。 俺には、あんなに冷淡に……。 悔しさと焦りで手が震える。 ………なんとか、しなきゃ。 月城のあのぶれない自信は、リチェールは間違いなく自分が好きだとわかってるからなのだろう。 それなら。 強引に聞いておいた電話番号に、家に備え付けの電話器にダイヤルを打ち込む。 「はい、もしもし」 繋がった声にホッとして、嫌な緊張感のなか口を開いた。 「アー、クゼ?」 「あ、トムくん?こんな時間にどうしたの?」 多少の罪悪感は、ある。 ……でも、リチェール。 お前だけが幸せになるなんて、不公平だ。 また俺を置き去りにするつもりなんだろう。 そうはさせない。 「リチェール、が、クゼのコトきにナルって。アトひとおしだよ」 「へ!?」 「キョウ、いえマデおくってもらっタの、よかったんじゃない?」 電話の向こうで嬉しそうな声が聞こえる。 ほら、リチェール。 お前を大切にしてくれるやつなんてここにもいるんだから。 それでいいだろ。 「アシタ、しごとオワッたらじかん、ある?」 リチェールは押しに弱い。 千がリチェールから離れて、クゼに迫られたのなら、したかなく頷くだろう。 少々乱暴だとは思ったけど、俺には時間がない。

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