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嘘つきトライアングル

『トム……?お前何言って……』 『あ、いや……』 リチェールが顔をしかめたまま俺に一歩近寄る。 気まずい気持ちに居たたまれなく逃げるように下がると、久瀬がリチェールの肩を掴んだ。 「月城先生を忘れるためでも構わない!必ず幸せにするから!だから、少しでも俺のこと好きなら俺を選べ!アンジェリー!」 「………っ」 捲し立てるような悲痛な声に、リチェールは苦しそうに息を飲む。 …………そうだ。 ここまできたら、リチェールは断らない。 あいつはお人好しだから。 リチェールはさっきのようにスラッと機転を利かすこともなく、悲しそうにうつむいて黙り混んだ。 さらに久瀬は追い込むように言葉を続ける。 「月城先生にはフラれたんだろ!?それならもういいだろ!諦めろよ!!」 その言葉に、リチェールはぎゅっと拳を握って顔をあげた。 「オレは、月城先生にフラれたけど、それでもまだ彼だけを想っていたいんです。 ……未練たらしくてすみません」 悲しそうに、それでもはっきりと断った。 ………こんなリチェール、知らない。 こいつは信じられないほど自己犠牲精神をしてるはずなのに。 「………なんでだよ?俺のこと、少しでも好きなんだろ?」 歪んだ笑顔に、冷や汗を浮かべて久瀬はリチェールの肩をがくがく揺らす。 「…………ごめんなさい」 苦しそうな声で小さくリチェールが謝ると、久瀬は俯いてリチェールの肩から手を離した。 息が詰まりそうなほど重たい沈黙が続き、ゆらっと顔をあげ俺を映した。 「……なぁ、もしかしてさ俺、また利用された……?」 その狂気がにじむ歪んだ笑みにゾクッと背中に冷たいものが走った。 また? また、利用されたってことは過去にもあったのかもしれない。 ひどいことをしてる自覚はあったけれど、全部上手くおさまるはずだったんだ。 久瀬はリチェールをちゃんと愛してくれるだろうし、リチェールはそれで満足だと思ってた。 強引にでもくっつけてしまえば、せめて千から引き離す罪悪感は薄れると、そう思ってたのに。 「……なぁ、トム君……?」 怒ってるような、ショックを受けてるような、なんとも言えない表情で久瀬はふらっと俺に近寄る。 どうしよう。 なんで言い訳したらいい? 焦って、上手く言葉が思いつかない。 利用したことを否定できず、うつむくと、ふわっと柑橘系の甘い香水の香りが鼻をかすめた。 「すみません。トムは日本語がまだ上手ではなく、話したことを誤解して聞き取ってしまったり、話したい内容を言葉にすると異なってしまうことばかりで、オレの伝え方が悪かったんだと思います。本当に失礼しました」 俺の前に立ち、頭を深々と下げながら言い訳してくれるリチェールに胸がぎゅっと締め付けられる。 なんで、リチェールが俺を庇うの。 「……そんな言い訳通用すると思うか?利用したんだろ?」 悲しそうな歪んだ笑顔を浮かべてリチェールをどかそうと肩に手を置いた。 「久瀬先生、オレの友人が本当に失礼しました。ちゃんと言って聞かせますので……」 「どけ!!!アンジェリー!!!」 バシッとリチェールが目の前で叩かれ、細い体は簡単に壁に叩きつけられた。 血走った目に見据えられ、ひっと息を飲む。 「ご、ごめンなサ……」 恐怖のあまり震える声で謝ったけれど、それを肯定と受け取られたのかカッとしたように久瀬が手をあげた。 殴られる……! ぎゅっと目を瞑るも、なにも衝撃はなくて恐る恐る目を開いてみると、振り上げた久瀬の手をリチェールが止めていた。 「本当に申し訳ございませんでした!謝らせますのでコイツに手をあげるのは勘弁してください!」 口を切ったのか、ぼたぼたと血を流しながら後ろから振り上げた久瀬の手に抱きつくように必死に止めている姿に、涙が出そうになる。 ……なんで、お前が俺を庇うんだよ。 「うるさい!!どけ!!」 襟を掴んで、そのまま背負い投げする様に小さな体を地面に叩きつけ、さらに蹴り退かした。 肺が圧迫されたのか、横たわったまま息苦しそうにゴホゴホ咳き込むリチェールに見向きもしないで狂気じみた目は俺を写す。 ガタガタと体が震え上がって、頭が働かない。 謝らなきゃ。 とにかく、謝らなきゃ、いけないのに。 「っめ、んなサ」 「どいつもこいつも!!くそが!!」 俺の声はもう届いていなかった。 でかい拳が握られ、振り上げられたその時、「うわっ!」と久瀬の驚いた声が聞こえ、ドタンッと床が軽く振動した。 恐る恐る目を開くと、リチェールが足払いをして転ばせていた。 『お前一旦離れろ!あとで一緒に謝れよ!』 えっ、と固まる俺に、無理やり自分のスマホを握らせて玄関に向かって背中を押された。 信じられない気持ちで振り向くと、リチェールに『ボーッとしてんな!』と強く睨まれ、頭が真っ白なまま、恐怖心に駆り立てられるようにリチェールに背を向けて駆け出した。 後ろでドカッと殴られるような音と、リチェールの「うっ」という小さな悲鳴が聞こえる。 その恐怖から逃げるようにドアを勢いよく閉めてそのまま階段をかけおりた。 ……ああ、なんだかイギリスのあの日に似ている。 あの日の思いが今さらになって溢れる。 _____もう俺は、一緒に逃げてほしかったなんて言えない。

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